ノンテクニカルサマリー

開放経済におけるセクター別規制と排出量取引

執筆者 寳多 康弘 (南山大学)
研究プロジェクト 大震災後の環境・エネルギー・資源戦略に関わる経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「大震災後の環境・エネルギー・資源戦略に関わる経済分析」プロジェクト

経済的手法を用いた温暖化対策が、より積極的な温室効果ガスの排出削減のために必要であるといわれている。経済的手法の利点は、温室効果ガスの排出源を一律に規制(限界削減費用を均等化)し、効率的な排出削減を達成することである。しかし、現在の主要国において、排出源は必ずしも一律に規制されていない。

環境規制の主な特徴として、汚染排出の少ないクリーンな産業と汚染排出の多い汚染産業とで規制水準に差がつけられていること、貿易財産業に対して外国との環境規制の格差をなくして国際競争力を維持するための配慮がなされていることなどがある。たとえば、欧州連合域内排出量取引制度(EU ETS)のカバー率はEU域内での総排出量に対して5割弱に過ぎないし(2013年からのフェーズ3)、日本において、自主参加型国内排出量取引制度(JVETS)は一部の事業所が参加しているだけで、地球温暖化対策税(2012年10月施行)には差異ある適用が存在する。このように、まだら模様の環境規制の下から段階的に一律規制に向かうことになる。

本研究では、当初、産業(セクター)ごとに異なる環境規制が課せられた下で、世界全体で汚染を一律に規制する国際的な排出量取引制度の創設が経済に与える影響を、国際貿易の理論的枠組み(一般均衡モデル)で分析している。本研究の特徴は、セクター別の環境規制を明示的に扱っている点である。これにより日本やEUのようなまだら模様の環境規制から、一律規制に移行する国々の経済を分析することができる。

明確で意味ある結果を得るために、次のような単純な状況を考えている。自国(先進国)と外国(途上国)の2国、そして汚染財とクリーンな財の2種類の財が存在する。自国はクリーンな財を輸出して、外国は汚染財を輸出しているとする。外国は一律に緩い環境規制を課していると仮定する。他方、自国はセクター別の環境規制で、いずれのセクターに対しても外国より厳しい環境規制を課しているとする。

重要な分析結果は以下の通りである。自国は国際排出量取引が開始されると排出枠の買い手となり、売り手は緩い環境規制を行っている外国である。自国がクリーンな輸出産業に対してより厳しい規制を行っている場合、国際排出量取引によって、外国では経済厚生が必ず改善するが、自国の経済厚生が改善するかどうかは不明である。

この結果の興味深い点は、一般に排出量取引は売り手と買い手の双方に利益をもたらすことが知られているが、必ず利益が得られるのは片方の国(排出枠の売り手国)だけという点である。貿易と環境に関する既存研究では、国際排出量取引の厚生効果は曖昧であった。したがって、国際排出量取引の厚生効果を明確にすることができた点は、本研究の重要な貢献である。

結果の直観的説明は以下の通りである。セクター別規制の自国では、国際排出量取引自体からの利益はあるものの、最も厳しい環境規制が課せられていた自国のクリーンな輸出財セクターへと排出枠が移動する。これにより、自国の輸出財の生産量が両国で増加し、自国の輸出財の価格が低下する交易条件の悪化(1単位の輸出で輸入できる財の量が減少することによる損失)が生じるからである。他方、外国では、交易条件の改善効果があるので、たとえ排出枠の売買自体からの利益が全くないとしても、国際排出量取引によって経済厚生は改善するのである。

この分析結果は、日本政府が推し進めている「二国間オフセット・クレジット制度」や国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の下での新たな国際枠組みにおいて、日本が国際的に排出枠(クレジット)の取引を行うときの効果を理解する上で役立つ。日本は本研究におけるセクター別の厳しい環境規制を課している排出枠の買い手国に該当すると考えられる。よって、日本は、排出量取引から受ける直接的な利益と、排出量取引に伴って生じる交易条件の悪化の2種類の効果を考慮に入れる必要がある。日本は、国際排出量取引により交易条件が悪化してしまうため、排出枠を取引する際に国内での排出枠の価格よりもかなり安く排出枠を購入しなければならない。排出枠の買い手国になるだろう日本は、排出枠の取引価格について十分に留意することが必要である。

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