ノンテクニカルサマリー

企業ファイナンスにおけるクラウディングアウト発生に関する実証分析

執筆者 庄司 啓史 (一橋大学国際・公共政策大学院)
研究プロジェクト 経済成長を損なわない財政再建策の検討
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「経済成長を損なわない財政再建策の検討」プロジェクト

問題意識

ギリシャをはじめユーロ圏では、ソブリン・リスクの実現化により国債金利が1つの目安である7%を超える水準となっている。一方の日本では、ユーロ圏諸国と比較しても必ずしもよい財政状況とは言えないものの、依然として超低金利状態が継続している。危機に直面していない場合、財政再建は先送りにされがちである。本稿では、財政再建の重要な根拠の1つとして、公的債務の蓄積が実体経済に対して負の影響を与えるのかどうかを検証する。仮に負の影響が確認されれば、財政再建の必要性が明らかになるとともに、財政の持続可能性が低下していることの根拠ともなり得る。公的債務の蓄積が実体経済に負の影響を持つという命題に対して、本稿では民間に資金が回らず国債購入に回ってしまうという、資金のクラウドアウトによる資金制約に着目し、実証分析モデルを構築する(下図)。加えて、公的債務の蓄積が実質金利の上昇あるいは、期待収益率の低下を通じて設備投資機会を低下させるというメカニズムもモデルに組み込む。この資金のクラウドアウトへの着目は、低金利下における経済低迷という現在の日本の状況と整合的な仮説であると言える。

図表:実証モデルのブロック・ダイアグラム
図表:実証モデルのブロック・ダイアグラム
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分析結果のポイント

公的債務の蓄積は、(1)資金のクラウドアウトにより設備投資低下や中間投入を通じたTFPの低下を発生させる、(2)実質金利あるいは、期待収益率に影響を与えることで設備投資の低下および中間投入を通じたTFPの低下を発生させる、(3)財政の硬直化により社会資本ストック投資を低下させることでTFPを低下させる――以上3つの要因を通じて、実体経済に対して負の影響を与える可能性が示唆された。これにより、日本の長期経済低迷につき、資金の需要側・供給側双方に問題が存在し、その問題の1つが公的債務の蓄積である可能性が指摘される。また、公的債務の蓄積が実体経済に負の影響を持ち始める閾値を検証すると、日本においては既に閾値を超えている可能性が示唆された。金融政策については、金利操作については効果を持つが、量的緩和についてはその効果の限界が示される結果となった。これは、金融緩和と財政出動のポリシーミックスでは、金融緩和による資金が国債に流入することにより資金のクラウドアウトが発生し、効果がネットアウトされてしまうことを意味している。

政策インプリケーション

期待インフレ率操作による期待実質金利の引き下げや、規制緩和に伴う構造改革によって成長産業への参入、衰退産業からの退出を容易とさせることが重要である。加えて、リスクマネーのリスク調整後利益を国債レートよりも高くするといった、金融仲介機関が国債保有を選好しない政策をセットで行う必要がある。もちろん信用コストの引き下げ策については、市場機能を活かすために、過度な保護は政府としてやるべきではないという難しい問題が存在する。もちろん、国債の需給関係から金利が上昇しないように財政再建策を同時に講じることは言うまでもない。また、金融政策の限界が示されていることから、経済成長を損なわない財政再建策としては、大規模な金融緩和策に頼ることなく財政健全化をはかりつつ構造改革を行い、その過程において効果的な金融政策を補完的に利用するようなポリシーミックスが重要であると考えられる。