ノンテクニカルサマリー

公的債務の蓄積が実体経済に与える影響に関するサーベイおよびVector Error Correctionモデルによる財政赤字の波及効果分析

執筆者 庄司 啓史 (一橋大学国際・公共政策大学院)
研究プロジェクト 経済成長を損なわない財政再建策の検討
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「経済成長を損なわない財政再建策の検討」プロジェクト

問題意識

財政健全化の議論をする際に必ず必要となる議論は、「公的債務の蓄積は実体経済に対してどのような影響を与えるのか」というものである。仮に公的債務の蓄積が実体経済に対して負の影響を与える場合、財政再建が必要とされる重要な根拠となる。ここで、1つの重要な先行研究を紹介する。Reinhart et al. (2012)は、1800年以降の超長期データを分析した結果、過剰債務と経済成長率との間には明確な負の関係がある一方で、過剰債務と金利との間には曖昧な関係しか見られないことを明らかにしている(注1)。この事実は、低金利下の経済低迷という現在の日本の状況に非常に合致している。このReinhart et al. (2012)で明らかにされた重要な事実は、一体どのようなメカニズムで発生しているのか。この問題を解くことが、財政再建の必要性を判断するためには不可欠となる。

分析結果のポイント

先行理論研究の整理を行った結果、当該メカニズムの解明において、以下の図表のように資金のクラウディングアウトによる資金制約の発生が重要なキーとなり得ることが分かった。そして、公的債務の蓄積が実体経済に影響を与えるメカニズムの仮説として、(1)民間部門への資金供給を阻害すること、(2)実質金利の上昇あるいは、期待収益率の低下に伴う設備投資機会の低下、(3)財政の硬直化に伴う社会資本ストック投入の低下――を挙げることが可能となった。次いで行った実証分析では、財政政策である社会資本ストック投資の経済効果を上回る設備投資およびTFPの低下に起因する実質GDPの低下が財政赤字ショックによって発生している――可能性が示唆された。この結果は、Reinhart et al. (2012)が指摘するように、日本においても公的債務の蓄積が実体経済に対して負の影響を持っている可能性を示唆するものであるといえる。

図表:公的債務が実体経済に与える影響に関する理論的枠組みの整理
図表:公的債務が実体経済に与える影響に関する理論的枠組みの整理
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脚注

  1. ^ 米国では本年4月、当該論文の発表以前に公表された同趣旨のReinhart and Rogoff (2010)に関して、T. Herndon et al. (2013)が計算ミス、重み付け等の問題を指摘をして、大論争となった。しかしながら、ここで引用するReinhart et al. (2012)は、Reinhart and Rogoff (2010)とはその計算過程が若干異なり、(1)T. Herndon et al. (2013)が指摘するような計算ミスが当てはまらない可能性がある、(2)重み付けの問題も完全にではないがある程度緩和されている――ことから、本稿では、Reinhart et al. (2012)の結果は支持されるものと考えた。ただし著者は、Reinhart and Rogoff(2010)が主張するような、公的債務対GDP比が90%を超えると実質GDP成長率が急激低下するという考え方は、金融危機が発生しない限りにおいては、妥当ではないと考える。あくまで、Reinhart et al. (2012)が主張するように、公的債務対GDP比がある一定の閾値を超えると、実質GDP成長率に対して、マイルドな負の影響を与え続ける可能性があるという仮説について支持する。