ノンテクニカルサマリー

資金制約下にある企業の無形資産投資と企業価値

執筆者 滝澤 美帆 (東洋大学)
研究プロジェクト 日本における無形資産の研究
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本における無形資産の研究」プロジェクト

問題意識

企業が保有する資産は、建物や構築物などの「見える資産(有形資産)」と、知識・技術や人的資本などの「見えない資産(無形資産)」に大別される。近年、後者を定量的に評価(可視化)し、その役割を正確に理解しようとする試みが進んでいる。

無形資産の重要性については、「年次経済財政報告」でも指摘されている。具体的には、生産性を高める効果のある無形資産投資の例として、研究開発(R&D)活動のほか、ブランドの構築、経営組織の改善、教育訓練による人材の質向上などが挙げられている。資本や労働といった通常の生産要素に加えて、無形資産が企業業績や経済成長に与える影響に関する研究が求められるゆえんである。

本稿では、上場企業の財務データより、研究開発ストック、組織資本という2つの無形資産を計測し、無形資産が企業価値に与える影響を観察した。また、情報の非対称性などの問題で、資本市場が不完全であった場合、無形資産投資を行おうとしている企業にはより強い資金面での制約がかかっている可能性がある。そのため、本稿では、どのような企業が無形資産投資を円滑に行うことができているのかを、資金制約との関連で分析した。

分析結果のポイント

分析の結果は以下の通りである。日本の場合、計測された無形資産は、研究開発ストック、および組織資本ともに企業価値に正の効果をもたらしていることがわかった。以下の図でも示されている通り、日本では米国よりも、組織資本が企業価値へ与えるプラスの効果が強いことが観察された(具体的には、1%の組織資本の増加は、企業価値を0.14%増加させている)。このことは、日本においては企業内の組織資本の蓄積が企業価値にプラスの影響を与え、これらへの投資が減少することで企業価値が損なわれる可能性があることを示唆している。

図:無形資産(R&Dストックと組織資本)の1%の増加が企業価値(株式時価総額)の増加に与える影響:日米での比較
図:無形資産(R&Dストックと組織資本)の1%の増加が企業価値(株式時価総額)の増加に与える影響
(注1) 図中の数値は、例えば、日本の場合、R&Dストックや組織資本が1%増加すると、企業価値(株式時価総額)が0.14%増加すると解釈できる。
(注2) 図中の日本の数値は、論文中の表2の(3)の結果を採用している。R&Dストック、組織資本、何れも有意な結果が得られている。
(注3) 図中の米国の数値は、Hulten and Hao(2008)のTable5より抜粋しているが、組織資本に関しては有意な結果が得られていない。

また、設備投資の十分統計量であるトービンのQを説明変数とする通常の設備投資関数を、有形資産のみの場合と無形資産も含む場合の2通りで推計した。その結果、無形資産も含む場合で、トービンのQの係数が正で有意な結果が得られた。以上より、設備投資行動のモデル化に当たって、無形資産を考慮する必要性が確認された。

最後に、資金制約の度合いを示す指標とトービンのQの交差項を加えた推計では、無形資産を含んだ設備投資モデルの推定結果から、より強い資金制約に直面している企業ほど、無形資産を含む設備投資が阻害されている可能性が確認された。

インプリケーション

企業の適切な有形、無形の資本蓄積とイノベーションが、経済全体の生産性向上を実現するためには重要なポイントとなり得る。本稿の分析から、無形資産を定量的に把握することで、それが企業価値に正の影響を与えていること、また、無形資産を含めることで、トービンのQの説明力が増すこと、資金制約との関連では、無形資産を含む設備投資の投資機会に対する感応度が、無形資産を含む場合で低下することが分かった。

こうした投資行動の歪みを是正するためには、企業の保有する有形および無形の資産を適切に評価する(金融)システムの構築と、その評価結果を有効に活用した多様な資金調達チャンネルの確保が個別企業の適切な有形・無形の資本蓄積とイノベーションを通じて、経済全体の生産性向上を実現するための重要なポイントとなろう。企業が保有する資産の適正評価、およびアクセスしやすい資本市場の形成については、これまでも言及されてきたことではあるが、本稿の結果より、その重要性が改めて確認されたといえる。