ノンテクニカルサマリー

製造業における生産性動学とR&Dスピルオーバー:ミクロデータによる実証分析

執筆者 池内 健太 (科学技術政策研究所)
金 榮愨 (専修大学 / 科学技術政策研究所)
権 赫旭 (ファカルティフェロー)
深尾 京司 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 地域別生産データベースの構築と東日本大震災後の経済構造変化
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「地域別生産データベースの構築と東日本大震災後の経済構造変化」プロジェクト

日本企業の生産性動学に関する研究成果によれば、大企業を中心とする国際化・生産の高付加価値化に成功した企業群と、中小企業を中心とする国際化・生産の高付加価値化に取り残された企業群の間で、生産性や収益率等の企業パフォーマンスについて格差が拡大し、取り残された企業群の生産性上昇停滞が、日本全体の生産性上昇を抑制していると言われている(深尾2012)。このような格差拡大の原因として、R&D集約的な大企業が産業集積地にある工場を閉鎖したために、取引関係や地理的な近接性を通じた大企業から中小企業への技術知識のスピルオーバーが弱まっている可能性があり、「失われた20年」の日本経済の停滞の要因を探る上でR&Dのスピルオーバー効果に注目することが重要であると考えられる。

上記の問題意識に基づいて、本稿では、中小工場のTFP上昇が堅調であった1980年代を含む長期について、『科学技術研究調査』の企業データと『工業統計調査』の工場データを接合し、地域経済の視点から生産性動学を行い、R&D集約的な企業の工場の退出によりR&Dスピルオーバー効果が減少したか否かについて検証する。

図:日本の製造業全体のTFP上昇率(存続企業のみ)の要因分解(年率、%ポイント)
図:日本の製造業全体のTFP上昇率(存続企業のみ)の要因分解(年率、%ポイント)

実証分析により得られた結果は以下の通りである。1)生産性動学の視点から見ると、1995-2005年にTFP上昇率が低迷した原因は、多くの先行研究の発見と同様に内部効果の下落と負の退出効果によるものであった。地域別に見ると、1995-2005年においては、東京都、神奈川県、大阪府、愛知県、千葉県のような都市部において、大きな負の純参入効果が生じた。また特に大きな負の退出効果のために、東京と神奈川の日本全体の製造業TFP上昇への寄与は、全ての効果を合計してもほとんどゼロないしマイナスに落ち込んでしまった。2)内部効果低下の主たる原因の1つは、バブル崩壊前後の企業のR&D投資の落ち込みに加えて、企業間R&Dスピルオーバーの低下によるものであった。企業間R&Dスピルオーバーの低下の主因はR&Dストックの増加率が低迷したことに加え、東京や神奈川、大阪など都市部においてR&D集約的な企業の工場が退出したことであった。3)企業のR&Dと公的部門のR&Dをそれぞれ製品分野別、学術分野別に分けて、TFP上昇率への寄与を分析した結果によれば、製品分野別においては「自動車製造業」と「情報通信機械器具製造業」が製造業全体のTFP上昇率に大きく寄与し、学術分野別においては「電気・通信」、「その他工学」、「医学」、「生物学」、「材料科学」の寄与が大きい。

分析結果から得られた政策インプリケーションは以下の4つにまとめられる。1)大企業の海外移転を減速させ、また国内回帰を促す。このためには法人税減税や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の締結等により、国内立地を魅力的にする必要があろう。2)産業集積地への大企業の進出を促す。3)中小企業のR&D支出を支援する。4)生産性の低い工場が残存する原因を調べ、市場の淘汰メカニズムを促進する。