ノンテクニカルサマリー

労働法の目的、対象、手法の新展開―イギリス労働法学における労働市場規制論に焦点を当てて―

執筆者 石田 信平 (北九州市立大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

本稿では、1980年代から現代に至るイギリス労働市場規制論の動向を概観し、労働法の目的、手法、対象に関して新たな動向が生じていることを論じた。労働市場規制論は、労働市場がさまざまな規制によって構成される公共財であるとみる。労働市場への編入は、教育制度によって規律されている。一方、労働市場からの引退を規律するのは公的年金制度である。そして、労働力の質は家族制度によって支えられている。労働法を労働市場規制として把握する見方は、労働法がさまざまな立法規制から構成されていることを強調する立場である。

こうした見方に立ったときには、一定の労働政策の達成を目的とする立法規制を設計する場合も、多様な法規制の補完性に焦点を当てることが重要になる。たとえば、Davies=Freedlandは、就労の促進という目的からみた場合、労働法、社会保障法、税法は同じ目的に資するとして、(1)社会保障給付の受給の条件、(2)making work pay政策、(3)就労に対する障害の除去に区分して分析を加えた。また、Deakin=Wilkinsonは、長期安定雇用の形成が、有限責任を認めたことによる大規模企業の生成や男性の稼ぎ手を通じて家族単位での生活保障を図ってきた社会保障法とも密接に関係するという。

しかし、労働法がさまざまな法規範との整合性を考慮すればするほど、労働法を独自の法規範たらしめている境界線が取り払われ、労働法学はそのレゾンデートルを失う。そこで、労働市場規制論は、その拠って立つ規範的基礎も同時に提起してきている。たとえば、Deakin=Wilkinsonは、労働の社会的・経済的機能に着目しつつ、価値ある労働へのアクセスを保障することを志向する潜在能力アプローチを説いた。また、Freedland=Kountourisは、人的な就労を行う者に対して人格性(尊厳、潜在能力、安定性)が備わる価値ある就労を保障するという議論を展開した。論者によって具体的な内容に若干の差異はあるものの、いずれの議論も、労働や就労をめぐる社会的・経済的・人格的意義から新たな規範的基礎を見出す試みであると評価することができる。

就労や労働の意義自体に新たな労働法の規範的基礎をみるとき、労働法は、従属的な関係に立たされている者のみならず、より広い観点から就労や労働の価値を保障する規制を適用することが求められるといえよう。これは、請負就労者に労働法の適用を拡大するという要請のみならず、無償労働と有償労働の両立や教育制度と労働市場の関係性をも十分に考慮することを求めるものでもある。さらに、就労や労働自体に価値があるとした場合、そのような機会を生み出す、つまり競争力の向上による就労機会の確保という視点にも目を配ることが必要になろう。