ノンテクニカルサマリー

労働法学における労働権論の展開―英米の議論を中心に―

執筆者 有田 謙司 (西南学院大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

構造的失業問題、若年者の失業問題が深刻となり、その対策として労働市場の柔軟化、労働法規制の緩和、積極的労働市場政策、ワークフェアの政策が進められる中で、英米の労働法学においては労働権論が展開され、労働市場に対する労働法規制のあり方についての議論が活発になされるところとなっている。そこで、本DPの分析の結果、英米の労働権論の展開から、わが国における労働市場の規制に関する法政策のあり方等について、政策的インプリケーションとして受け取ることができるものを以下に述べる。

(1) 「品位ある労働(ディーセント・ワーク)」を支えとして、関係当事者による、開かれた、熟慮、討議による雇用政策・労働市場政策の形成と制度化と、それにより生じた問題の検証プロセスを繰り返すことにより、労働権の実現が図られる、という自省的法(注1)のアプローチの重要性を指摘する、Mundlakの労働権論における労働権の手続的審査論からは、わが国の地域雇用開発促進法による雇用創出の仕組みの中に、部分的にではあるがそうした仕組みが制度化されているものの、1)こうした仕組みをいかにしてその政策領域を広げていくのか、2)関係当事者の中における労働者側の主体として労働組合その他の労働団体が役割を果たしうるような制度設計をいかに考えるか、3)どのようにして検証プロセスまでを関係当事者の参加によるものとするような制度設計を考えるか、という政策課題のあることを政策的インプリケーションとして受け取ることができる。

(2) 労働権の保障は、世界人権宣言が規定する社会のすべての構成員に自由にその個性を発展させる機会を保障するという目標にとっての手段である。労働権を保障するために社会が提供する雇用機会は、その目標を達成するために十分に多様な種類と形態のものでなければならず、労働権を充足するために雇用機会が有していなければならない質的特性は、絶対的な質の要求とともに人々の発達上のニーズによって決まること、および、労働権は、すべての人の平等の価値と平等の権利という世界人権宣言の中の全体に関わる誓約を反映すべきであるから、すべての人に対する平等な雇用機会と雇用条件の達成が、労働権の保障にとって不可欠となり、雇用に対する「構造的」障壁を克服し除去する政策を適切な目標とすることを指摘する、Harveyの労働権の構造分析からは、障がい者雇用の法政策を差別禁止法制で対応していくとすれば、「合理的便宜」を講じた上で平等取扱いをすることが求められるが、労働権は、そうした「合理的便宜」を講ずる法政策をとるべきことを規範的に根拠づけるものである。

(3) わが国においても、平成15(2003)年の雇用保険法の改正により「失業」(被保険者が離職し、労働の意思および能力を有するにもかかわらず、職業に就くことができない状態にあること)(雇用保険法4条3項)の認定の厳格化等がなされ、ワークフェアの方向への動きが強まっている(雇用保険法10条の2・15条5項)中で、労働権の規範的内容は(ディーセントで、適職で)「価値ある」仕事を選択する権利であるとの理解の下に、労働者が、自己のキャリアの発展、仕事の見込みの改善、自己の技能や才能を高めることに寄与しない仕事の提供を拒否することができる、とするFreedlandの労働権論で示された見解は、わが国の雇用保険法上の「失業」の認定における労働の意思や給付制限を受けずに公共職業安定所の紹介する職業に就くことを拒否できる正当な理由とされる場合についての厚生労働大臣が定める基準(雇用保険法32条)の策定およびその解釈運用に際しても、考慮されるべきものといえよう。

(4) 労働権と所得保障の権利は補完関係にあるというHarveyの見解からは、所得保障の権利の実現方法、すなわち、そのための制度の設計の仕方が、労働権の規範的に要求するところのディーセント・ワークの保障により担保された労働の自由の実現という法政策と整合的なものとなるべき、ということを導き出し得るから、労働市場を機能させ、ディーセント・ワークの保障の実現を図りうるように、補完関係にある所得保障の制度設計をすべき、という規範的な要請が導き出される。このような労働権の規範的要請を導出するHarveyの労働権論からは、近年におけるワーキング・プアの問題に対応すべく、労働市場との関わりでの所得保障制度のあり方について、たとえば、賃金補助に相当する給付付税額控除を所得保障の方法として導入し、これにより最低賃金制度の雇用への悪影響を抑えると同時に、最低賃金の設定により、賃金補助が使用者への助成となって低賃金を固定化することを防ぐという手法のような政策を検討すべきである、というインプリケーションを受け取ることができる。

脚注

  1. ^ 「自省的法」とは、法が社会の現実により適合的であるために外部世界を法的に構成し直したモデルを法システム内に作り、その外部世界モデルに照らして新たな法規整を作り出すというもので、もしこの新しい法規整がうまく機能しない場合には、外部世界の法的モデルを修正し、またそれに基づいて法規整も修正して行く、というものである。