ノンテクニカルサマリー

日系多国籍企業の国内外の生産性水準に関する比較分析

執筆者 伊藤 恵子 (ファカルティフェロー)
田中 清泰 (日本貿易振興機構アジア経済研究所)
研究プロジェクト 東アジア企業生産性
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「東アジア企業生産性」プロジェクト

主要な多国籍企業では、海外に多くの拠点を持ち、国内の活動規模を超える生産・販売活動が海外で行われていることが多い。このため、親会社だけでなく、海外のグループ企業も含めたグローバルなパフォーマンスを評価しなければ、真の企業パフォーマンスを測定することは難しい。このような問題意識のもと、本稿では、「企業活動基本調査」と「海外事業活動基本調査」の個票データを親会社レベルで接続したデータを利用して、日本の製造業の多国籍企業について、親会社と海外現地法人の生産性の比較分析を行った。

生産性の成長率の国際比較は、マクロレベルの分析を中心に多くの先行研究において試みられてきたが、生産性の水準を国際比較可能な形で計測することは、非常に難しい。つまり、水準を国際比較するには、通貨ベースを統一する必要があるが、名目の為替レートで変換した金額が、財の実質的な価値を正しく表すのかどうかが疑問である。国際比較可能な生産性指標を算出するためには、数量ベースで生産性を計測するか、または金額ベースのデータしか得られないのであれば、各国の物価水準の差を考慮した購買力平価(PPP)を使用して産出額と投入額とをそれぞれ同じ通貨単位に変換する必要がある。しかし、産業別の産出と投入を国際的に比較可能とするようなPPPはごく一部の国しか推計されていない。

これらの理由から、生産性水準を厳密に国際比較すること自体が非常に困難であり、これまでほとんど研究されてこなかった。しかし、2000年代後半に、EUKLEMSや経済産業研究所による研究プロジェクトの成果として、欧州諸国と米国、カナダ、日本、韓国、中国、台湾について、産業別のPPPデータが利用可能となった。そこで本稿では、これら諸国の産業別PPPと、日本の多国籍企業の親会社と海外現地法人のデータを利用して、多国籍企業のグローバルな生産性の推移と親子間の生産性水準の差を分析する。

日本の親会社と主要国の現地法人との付加価値労働生産性水準を比較すると、製造業平均では、在米国、在台湾現地法人では2000年代初頭にすでに日本の親会社を上回る生産性を達成しており、在韓国現地法人も2008年時点には日本の親会社の生産性水準に到達していた。在中国現地法人の生産性は、まだ格段に低い水準にあるものの、1996年の時点と比べて、徐々に親会社にキャッチアップしている(図1を参照)。さらに、回帰分析から、親会社の生産性が高いほど現地法人の生産性も高く、また親会社と比較した生産性水準が低い現地法人ほど生産性のキャッチアップも速いことが示された。この結果から、親会社がより高い生産性を実現すれば、現地法人もその水準にキャッチアップしていく可能性が高く、結果的に多国籍企業全体の生産性も向上していくことが示唆される。この結果を投資ホスト国の観点から見れば、生産性の高い親企業からの投資を誘致できれば、その親企業から現地法人への生産性スピルオーバーの効果が期待できるといえるだろう。一方、多国籍企業にとっては、企業全体の生産性向上のためにも、親会社の生産性向上が重要であるといえる。

本稿の分析から、付加価値や雇用のシェアが少しずつ海外(特にアジア)へ移行している上に、在米国、韓国、台湾、中国の現地法人を中心に、生産性の顕著な上昇がみられた。この結果は、企業レベルでみれば、生産性の伸びの大きいところに生産がシフトしていくことで、企業全体の生産性向上につながるため望ましい、と解釈できるかもしれない。ただし、本稿の分析から、親会社からのスピルオーバーによって現地法人の生産性が向上するというpullの力の存在も確認され、現地法人が生産性向上を継続していくためには、親会社自身の生産性向上が1つの重要な要素となることが示唆される。このことから、より生産性成長率の高い現地法人へ資源をシフトするという、いわばreallocationによって企業全体の生産性向上を目指すと同時に、親会社自身の生産性向上も怠ってはならないといえるだろう。しかし、図1のとおり、親会社の平均的な生産性水準は2003年ごろから横ばいで近年は低下傾向である。このまま、親会社の生産性低迷が続く場合、親会社のpullの力が弱まり、現地法人の生産性キャッチアップも小さくなっていく可能性がある。当面は、生産性の高い現地法人へ生産をシフトすることによって、企業全体のパフォーマンスを維持できるかもしれないが、このようなreallocationは、大企業の内部での「産業空洞化」のような現象を加速し、最終的には現地法人も含めた企業全体のパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性もある。こうした問題に対して、日本国内で法人税を削減するなどの対策によって国内の雇用や生産規模を維持しつつ、新技術や新分野を開拓してより付加価値の高い生産を実現することが重要といえるかもしれない。

図1:各法人の労働生産性推移(全製造業平均)
図1:各法人の労働生産性推移(全製造業平均)