ノンテクニカルサマリー

競争は産業の生産性を改善させるか? 産業レベルのパネル・データに基づいた日本産業に関する分析

執筆者 安橋 正人 (コンサルティングフェロー)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題意識

多くの識者がこれまで指摘しているように、日本経済のTFP(全要素生産性)上昇率は、バブル崩壊以降長らく低迷が続いている(図1)。特に非製造業のTFP上昇率は、製造業と比べてほぼ一貫して低くなっている(図2)。このような生産性の推移は、各産業が直面する競争環境といった市場構造によってどのような影響を受けているのかというのが本稿の問題意識である。生産性やイノベーション活動と競争環境との関係を分析した実証研究は、最近になって日本でも蓄積が進みつつあるが、そのほとんどが企業レベルのミクロデータに基づいた製造業の分析であり、データ面での制約から非製造業の分析はほとんど行われていない。そこで、本稿では、産業レベルのデータ(JIPデータベース)に基づいて、製造業に加えて非製造業についても生産性と競争環境の関係について分析し、両産業間での競争の影響を比較した。

分析結果の要点

JIPデータベースにある産業から非市場経済などを除き、全産業(86産業)を製造業(52産業)と非製造業(34産業)に区分した。サンプル期間は1980-2008年であり、これを1980-1994年と1995-2008年の2期間に分割してパネル・データを作成した。被説明変数はTFP上昇率であり、ラーナー指数から作成した競争環境指数(1期ラグ)、R&Dストック増加分(2期ラグ)、IT投資(2期ラグ)をそれぞれ説明変数とした。また、TFP上昇率と競争環境指数の間に逆U字型の関係が見られるかどうかも分析した。分析結果は以下のとおりである。

1.製造業では、全サンプル期間を通じて、競争がTFP上昇率に対して明確に正の効果を与えており、その効果はサンプル期間の後半(1995-2008年)でより大きいことがわかった。他方で、非製造業では、サンプル期間の後半(1995-2008年)で緩やかな負の効果が見られ、これは非製造業でシュンペーター仮説(注1)が妥当するかもしれないことを示唆している。
2.全産業においてのみ、TFP上昇率と競争環境指数の間に弱い逆U字型の関係が見られた。
3.R&Dストックの増分は、非製造業でサンプル期間の前半(1980-1994年)、製造業ではサンプル期間の後半(1995-2008年)でそれぞれTFP上昇率に対して正の効果が見られた。

政策的含意

製造業で競争が生産性に正の効果を与えているという結果は、多くの既存研究の見解と一致するものである。他方で、非製造業において負の競争効果が見られる(ただし、逆U字型の関係は見られない)ことを発見したが、この結果から、「競争の抑制が非製造業では生産性改善にとって望ましい」、という政策的インプリケーションを単純に導くことは危険である。非製造業の生産性低迷の原因を分析した他の研究によると、規制の存在や非効率な企業の市場からの退出効果が弱いことにより、非製造業の生産性上昇が妨げられている可能性があることが示唆されている。したがって、本稿で得た非製造業における競争の負の効果は、このような事実を間接的に反映し、競争が産業の新陳代謝を促進できていないことを示すものだと解釈すべきであろう。いずれにしても、健全な競争の正の効果が非製造業でも機能することが、日本経済の生産性の改善、ひいては持続的な経済成長の鍵となるはずである。

図1:実質GDP成長率に対する平均寄与率
図1:実質GDP成長率に対する平均寄与率
(出所)JIPデータベース2012
図2:製造業および非製造業におけるTFP上昇率
図2:製造業および非製造業におけるTFP上昇率
(出所)JIPデータベース2012

脚注

  1. ^ 市場支配力がイノベーション活動を促進するという仮説。