ノンテクニカルサマリー

レバレッジは資産価格の決定要因か? 日本の不動産取引データから

執筆者 倉島 大地 (法務省)
水永 政志 (スター・マイカ株式会社)
小滝 一彦 (上席研究員)
渡部 和孝 (慶應義塾大学)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)

不動産価格の上昇・下落と銀行融資の拡大・縮小は、日本、アメリカ、南欧の不動産バブルとその崩壊に見るように、各国のマクロ経済の変動の重要な要因となっている。

この不動産価格と銀行融資の変動のメカニズムについては、ファンダメンタルズ(収益価値)が資産価格を決定し、その資産の担保価値の変化が比例的に銀行融資を増減させるという一方向の因果関係を想定したものがこれまでの理論・実証研究の主流であった(Kiyotaki and Moor 1997, Gan 2007)。しかし、このメカニズムでは、資産価格が大規模かつ明確なサイクルをもって上下するという現実を説明することはできない。これに対し「銀行が貸すから不動産が騰がる」という逆向きの因果関係を想定に加えると、資産価格と銀行融資のより現実的な変動が説明可能となる。この銀行融資が不動産価格に与える効果のモデル化については、近年、資産市場の不完全性のミクロ的基礎の上に理論的研究が始まっているところである。

本研究は、この銀行融資の拡大が不動産価格を上昇させるという因果関係のモデルについて、ミクロのクロスセクションレベルでの最初の実証分析である。データは東京23区の小規模な土地取引について、1991年1月から2011年12月の期間に成約した物件で登記簿から抵当権の有無が参照できた1620件を用いた。

まず、LTV(銀行融資比率)と土地価格の成約坪単価との関係は、単純な回帰分析ではわずかに負の関係(係数マイナス0.016、非有意)を観察した。これは富裕層はLTVが低く、購入する物件の坪単価が高いという傾向が生じるためのバイアスであると考えられる。そこで銀行融資が不動産価格に及ぼす影響を他の効果と識別する分析方法によって、LTVが成約坪単価に及ぼす影響を分析したところ、係数は正で有意となった (係数0.199、1%有意)。仮に銀行がある購入者のLTVを1%ポイント引き上げた場合、その者の購入する不動産価格が0.2%程度上昇することを示している。

次に、不動産購入者の約3割は融資を全く受けておらず(LTV=0)、残りの約7割の購入者のLTVは90%程度と高いことから、自己資本による購入者(エクイティバイヤー)と借入金による購入者(レバレッジバイヤー)の行動の違いにも着目した。レバレッジバイヤーに限定して、LTVが坪単価に及ぼす影響を上記と同様の操作変数によって分析すると、係数は約7倍の1.420(1%有意)となり、レバレッジバイヤーに対して1%ポイント高いLTVの融資を行えば購入不動産の坪単価は1.4%上昇することになる。現実のマーケットでは、自己資金で購入するエクイティバイヤーが存在するため、銀行融資が不動産価格に与える影響が緩和されていることになる。

本研究の結論は以下の4点である。(1)銀行がLTVを高めれば不動産価格が上昇するという方向の因果関係が確認され、銀行の融資行動が不動産価格やマクロ経済の変動をもたらすという新しい理論に実証面の根拠を与えた。(2)不動産への抵当権やその種類がLTVに影響することが示され、また抵当権の種類がLTVと不動産価格の内生性を識別する操作変数として有効であることが示された。(3)不動産市場には購入資金の大半を融資に頼るレバレッジバイヤーと融資を全く利用しないエクイティバイヤーがおり、後者の存在によって不動産市場の不安定さは数分の1に減少していることが示された。(4)政策的には、不動産価格の急上昇に対し経験的に採られている銀行融資規制が有効な対策であることと、高い融資比率で不動産を保有する者が多いとマクロ経済が不安定化するので対策が必要であることが示された。今後の研究課題は、融資金融機関のバランスシートや規制が不動産担保融資や不動産価格に及ぼす影響の分析である。

図