ノンテクニカルサマリー

地理的取引ネットワークにおけるハブ企業の役割

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「組織間、発明者間の地理的近接性とネットワーク」プロジェクト

問題意識と研究目的

東日本大震災および予期せぬ災害は、経済活動において、多くの教訓を残したといえる。常時においては、効率性が最優先される傾向があるが、企業の事業継続マネジメント(BCM: business continuity management)の構築、見直しが加速し、予期せぬ事態への対策が取られるようになった。また、地域レベル、国レベルでも、レジリエンス(強靭性)の構築が議論されている。

震災のように一部の限られた地域の企業のみが直接被害にあう場合にも、多くの企業がサプライチェーンを経由して、間接的な被害にあうことが確認されており、地域レベル、国レベルでのレジリエンスを考え、国内の全地域の企業が、どのようにネットワークでつながれているのか把握することが重要である。

本研究では、約80万社の企業間の取引関係データを用いて、企業間の取引関係ネットワークの地理的な広がりを把握し、少数のハブ企業の果たす役割を分析した。また、東日本大震災を例に、ハブ企業が存在することにより、被災地以外への波及の大きさがどの程度変化するのかを確認した。

取引関係ネットワークの地理的な広がり

分析の結果、企業の取引の半数は30km以内の狭い範囲で行われているのに対し、企業の取引先の取引先までの距離は、半数が255km以内であることが確認された。近くの企業と取引をすることは、輸送コストの削減などの企業のメリットとなるため、多くの企業が近くの企業と取引をしているが、そのような企業も、取引先の取引先を見ると、遠くの企業と取引をしていることが分かる。

また、企業の取引関係ネットワークには、少数のハブ企業が存在することが既存研究から分かっているが、このような少数のハブ企業が取引関係の地理的な広がりに果たす役割を確認するために、取引関係数が100以上あるハブ企業を除いた仮想的なネットワークを構築した。この仮想的なネットワークでは、企業の取引先の取引先までの距離は、半数が70km以内となり、取引関係数が100以上あるハブ企業が全体の1.34%であるにも関わらず、間接的な取引先(取引先の取引先)までの距離が極端に短くなることが確認された。企業間の取引関係ネットワークの地理的な広がりにおいて、ハブ企業の果たす役割が大きいことを示唆している。

東日本大震災の例

東日本大震災を例に、前述の仮想的なネットワークを用いて、サプライチェーンを経由した被災地以外の企業への影響において、ハブ企業の果たす役割を評価した。齊藤(2012)では、被災地以外の企業のうち、どのくらいの割合の企業が、被災地企業とつながっているのか測定しており、被災地以外における被災地企業の取引先企業の割合は3%以下であるにも関わらず、被災地企業の取引先の取引先企業まで含めると、50~60%まで増えることが確認されている(図1)。同様の分析を仮想的なネットワークに対して行ったところ、被災地以外における被災地企業の取引先企業の割合は実際のネットワークと同じ程度であるが、被災地企業の取引先の取引先企業まで含めた企業の割合は20%程度となり、実際のネットワークよりも、大幅に減少していることが確認された。被災地以外の多くの企業は、少数のハブ企業を経由して、被災地企業とつながっていることが分かる。

さらに、実際のネットワークにおいて、被災地企業と被災地以外の企業を繋ぐ少数のハブ企業に注目すると、被災地以外の企業の多くは、同じ地域のハブ企業を経由していることが確認された。たとえば、図1の北海道の60%弱の取引先の取引先企業(Tier 2)のうち75%は、2.3%の北海道の取引先企業(Tier 1)の企業を経由して、被災地と取引していることが確認された。少数のハブ企業、特に同じ地域のハブ企業が果たす役割が大きいといえる。

図1:実ネットワークにおける企業の割合
図1:実ネットワークにおける企業の割合
図2:仮想ネットワークにおける企業の割合
図2:仮想ネットワークにおける企業の割合
(注)Tier 0は被災地企業、Tier 1は被災地企業の取引先、Tier 2は被災地企業の取引先の取引先、Tier 3は被災地企業の取引先の取引先の取引先を表している。「Tier 1まで」はTier 0とTier 1、「Tier 2まで」はTier 0とTier 1とTier 2、「Tier 3まで」はTier 0とTier 1とTier 2とTier 3の累積の企業割合を表している。

インプリケーション

被災地以外の地域においても、多くの企業が、サプライチェーンを経由し、被災地企業から影響を受ける可能性があるが、少数のハブ企業、特に同じ地域のハブ企業を経由し、影響を受ける可能性が高く、地域レベルのレジリエンスを向上させるためには、個々の地域のハブ企業に対する対策を取ることが望ましいと考えられる。被災地以外における個々の地域のレジリエンスの向上は、国レベルのレジリエンスの向上につながり、被災地復興のための底力となるであろう。