ノンテクニカルサマリー

日本における企業・事業所の生産活動―製品レベルの分析から『失われた20年』の日本経済を再考する―

執筆者 Andrew B. BERNARD (ダートマス大学タックビジネススクール)
大久保 敏弘 (慶応義塾大学)
研究プロジェクト グローバル化と災害リスク下で成長を持続する日本の経済空間構造とサプライチェーンに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバル化と災害リスク下で成長を持続する日本の経済空間構造とサプライチェーンに関する研究」プロジェクト

分析の概要―活発な製品生産の動向

「失われた20年」と呼ばれる日本経済の低迷に関して、多くの経済分析が行われてきた。特に低成長、生産性の低迷や新規開業率の低さ、雇用の低迷など、マクロレベル、産業レベルのさまざまな実証研究がなされている。総じてこの20年、日本の雇用や生産は低迷しているように見える。しかし、この研究では個々の企業の製品生産の動向から分析した。工業統計を用いて製品レベルの研究を行い、特に企業組織(単一工場・複数工場)と製品数(複数製品、単一製品)の2つの面から製品生産の動向を分析した。

その結果、時系列的に製造業の生産自体は低下しているものの、日本の製造業の生産の中心が、マルチプラント(複数のプラントをもつ企業)でマルチプロダクト(複数の製品生産)へとシフトしてきていることが分かった。さらに動向を詳細に分析すると、活発な製品のSwitch(製品を変える)が起こっていることが分かった。下の図は各製品のAdd(製品の新規生産)の割合とDrop(製品の生産停止)の割合をプロットしたものである。ともにゼロよりも大きく、どの財もAddとDropを繰り返している。さらに45度上に多くの製品が並んでおり、DropだけでなくAddも同じくらいあり、常に製品の生産を取りやめる企業もあれば生産を開始する企業があることが分かった。裏返せば、市場競争は極めて活発であり、常に新しい機能やブランドの製品が市場には供給され、競争が極めて活発ともいえる。今まで行われてきた先行研究のイメージとは異なり、「日本の失われた20年」では想像以上に多くの製品が生まれては激しい市場競争にもまれて消えてきた。企業は常に開発し続け、新たな挑戦をして参入し、製品間でしのぎを削り競争し続けていることが浮き彫りになった。日本人の美徳ともいえる勤勉さがよく表れているように見える。

図:製品の生産開始と停止割合
図:製品の生産開始と停止割合

政策的インプリケーション

(1)日本経済の視点―「新陳代謝」の再考
参入退出が少なく全体としては低迷していても、製品レベルでは常に活発な生産開始と停止を繰り返しており、企業が参入・退出せずとも製品レベルでの「新陳代謝」は十分行われている。政府戦略として産業や企業の「新陳代謝」を促す政策が近年、重要視されているが、必ずしも必要ではないかもしれない。むしろ、問題は企業やプラントの組織や生産体制にあるのかもしれない。我々の分析からわかるように景気の変動を受けやすい単一製品のシングルプラントが全体のプラントの多くを占める。こういった企業が日本では多すぎる可能性もある。政策的に合併や統合を促し、マルチプラントや複数製品生産の企業を増やしたほうが、景気変動に強くなり、国際競争力の向上にもつながるのかもしれない。特に零細企業や国際競争に耐えられない企業や業種は合併を進めたほうがいいのかもしれない。したがって、日本経済全体あるいは製造業全体のグランドデザインが必要とされるだろう。

(2)地方経済の視点―「多種多様な魅力ある地方経済」
地方は一般に産業の数が少数になりがちで、景気や為替の変動や国際競争に弱い側面がある。したがって、複数の製品を生産することで空洞化などのリスクを回避できる。できるだけバラエティ豊かな生産を行うことが重要である。たとえば地方独自の名産や地方の持ち味を生かした新たな製品開発は重要である。具体的には、地方の豊かな農業を生かした新たな食品加工や伝統の技を生かした伝統工芸品を産業としてしっかり育成していけば、個々の企業の製品数を増やすことにつながり、地方経済の足腰の強化になるだろう。また、積極的に都市部や海外に売り込むことにより、国際競争力のある地方経済にもつながるだろう。ここで重要なのは、地域全体の「連携」だろう。地方自治体の「ご当地」を生かしたさまざまな取り組みやキャンペーンはこのような動きを促進することにもつながるし、観光といったサービス産業と結びつくことでさらに新たな製品開発もできるだろう。また、若者を中心としてIT、起業、ボランティア活動を含め、新たな発想で人と人とを結び、これにより地域全体の「ブランド作り」や「イメージ作り」を作り出し、製造業の多様な製品生産活動を後押しする。これにより好循環が生まれ、地方経済は活性化するだろう。

(3)企業の視点―マルチプラントの多様かつ広範な生産体制
企業サイドに立てば、シングルプラントで単一製品よりも、複数の製品を複数のプラントで生産していたほうが、効率の良い安定した経営につながる。一方で、地方では工場閉鎖をしやすくなり、地方経済の不安定化を招く恐れもある。しかし、地方経済の活性化の視点、あるいは日本経済全体の底上げを考えれば、マルチプラント企業が各地でさまざまな産業の複数製品を作り、「それぞれの地域の持ち味を生かせるような生産体制」を作れば、地方からの撤退は防げるだろう。複数地域にまたがるマルチプラントのさらなる展開により、地方それぞれの経済問題や地域間の景気変動の違いを相殺でき、日本経済全体が安定する可能性がある。「都心の賑わい、地方の駅前シャッター通り」が少しは改善されるだろう。いわば、「地域間でのリスクシェア」が可能になり、東京一極集中の是正にもつながるだろう。

具体的政策としては、マルチプラント企業にはより多くの製品を産業の垣根を越えて参入できるような仕組みを作ることが有用かもしれない。規制改革や競争政策の改革をすることが重要であろう。一方で容易にプラント配置を頻繁に変える(特に地方工場の閉鎖する)企業の投資に対しては課税していくのも一案かもしれない。