ノンテクニカルサマリー

海外直接投資と原産地規則を考慮したFTAの厚生効果の分析

執筆者 椋 寛 (学習院大学)
研究プロジェクト 通商協定の経済学的分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「通商協定の経済学的分析」プロジェクト

1.論文の背景

世界中で特定の国家間で貿易を自由化する地域貿易協定、特に自由貿易協定(Free Trade Agreement、以下FTA)の締結数が増加している。FTA締結の経済効果は活発に議論されているが、FTAに常に付随する原産地規則(Rules of Origin)の問題については、その重要性にも関わらずほとんど議論の俎上に載っていない。FTAでは、域外国の生産者が域外国に対する関税率(=域外関税率)の低い国を通じて域外関税率の高い国へ迂回輸出をするのを防ぐために、「優遇関税を適用されるのは域内が原産国であるもののみ」という条件をつけている。域内で貿易される製品が域内原産であると認められるための基準を規定しているのが原産地規則である。

しかし、原産地規則は域内で一定の加工をすることを要求するため、FTAの優遇税率を利用して域内で輸出するために、たとえ域外のものよりも価格が高くあるいは質が劣っていたとしても、域内で生産された部品や中間財を多く投入する必要がある。このことは、企業の直接投資を通じた海外進出行動にも影響を与える。例えば、海外直接投資や海外アウトソーシングを通じて海外での事業展開を積極的に進め、部品・中間財をそれらの生産にもっとも適した国から調達している企業を考えよう。この企業は効率的な生産ネットワークを既に構築しているからこそ、原産地規則の要求を満たすために域内に部品・中間財の調達先を変更するコストがネットワークを構築していない企業よりも大きい可能性がある。本論文は、こうした問題を考慮しつつ、FTA締結の影響を国際寡占モデルにより理論的に再検討したものである。

2.分析結果の要約

A国とB国がFTAを締結する状況を考えよう。既に域外国の企業が現地市場に供給するための工場をA国とB国にそれぞれ設立していた場合、FTAが締結されると工場が1つ域内にあればその工場が両国に供給する輸出基地(Export-Platform)の役割を果たすことができるため、2つの工場のうちの1工場に整理統合することができる。この効果は直接投資統合効果(FDI Consolidation Effect)と呼ばれる。域外国にとっては工場を1つ閉鎖したことによりコスト節約ができるため、域内国にとっては価格下落による消費者の利益により、どちらもFTA締結によりメリットを受ける可能性がある。

しかし、原産地規則の要求が厳しい場合には、先述したメカニズムにより、効率的な生産ネットワークを構築しておらず生産コストが比較的高い企業が域内に新規に工場を設立し、一方で効率的な生産ネットワークを構築しており、それゆえ調達先の変更が難しい先進的な企業が競争激化によって現地工場を閉鎖してしまうかもしれない。この効果は直接投資転換効果(FDI Diversion Effect)と呼ばれる(図参照)。経済学者ヴァイナーが提唱した「貿易転換効果」(FTA締結により効率的な域外国からの輸入が非効率的な域内国からの輸入に取って代わられる効果)と同様の効果が、原産地規則が厳しい場合には直接投資においても生じるのである。市場が寡占状態にある場合には、直接投資転換効果は域外国の厚生を下げつつ域内国の厚生を上昇させる戦略的効果となり得る事が分析により確かめられている。

:直接投資転換効果
:直接投資転換効果

3.政策含意

A:原産地規則に対する「規則」の必要性
海外直接投資に対するローカル・コンテント規制(進出企業に一定の部品・中間財の現地調達を要求する政策)がWTOで禁じられている一方で、同様の効果を持つ原産地規則はその問題があまりクローズアップされていない。原産地規則を無くすことは出来ないが、直接投資転換効果を誘発しないよう、その要求が厳しくなりすぎないように一定のルールを設けるべきである。特に付加価値基準と呼ばれる、域内での調達割合を明示的に規定する原産地規則が運用されている場合には、その水準に一定の上限を設けるべきである。域外関税率に関するGATT24条の内容を原産地規則にも適用し、「ある国が新規FTAを締結する際には原産地規則の水準をその国が結んでいる他のFTAで設定している原産地規則よりも厳しくしてはならない」といったルールも有用であろう。

B:広域FTAと原産地規則の調和の必要性
原産地規則が直接投資転換効果を生むのは、優れた生産ネットワークを構築した企業にとって現地調達を要求されることのコストが大きいからである。環太平洋連携協定(TPP)や域内包括的経済連携(RCEP)のように、多くの国が含まれた広域FTAの締結や原産地の累積規定(異なるFTAのパートナーから部品・中間財を調達したとしても各FTAで域内調達と認める規定)は、生産ネットワーク分断の可能性を低下させるため直接投資転換効果を抑制するであろう。

C: 直接投資の自由化の必要性
直接投資転換効果は、競争激化により効率的な企業が工場を閉鎖することで起こる。直接投資の自由化が進めば、競争が激化したとしても効率的な企業は工場を閉鎖せず、直接投資統合効果による良い面が活かされることになる。