ノンテクニカルサマリー

企業別無形資産の計測と無形資産が企業価値に与える影響の分析

執筆者 宮川 努 (ファカルティフェロー)
滝澤 美帆 (東洋大学)
枝村 一磨 (科学技術政策研究所)
研究プロジェクト 日本における無形資産の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本における無形資産の研究」プロジェクト

問題意識

ソフトウエア、R&D、人的資本などの無形資産が生産性向上に寄与しているという研究は、マクロ・産業レベルでは一定の成果をあげてきた。しかし企業レベルでは、こうした点に加えて、無形資産が企業価値の向上に寄与しているかどうかが重要になる。企業価値の向上なくしては、投資家や経営者は、積極的な無形資産投資を行わないからである。したがって本研究では、Corrado, Hulten and Sichel(2009)の無形資産の分類にしたがって、企業レベルのデータを利用した無形資産投資、ストックの計測を行い、これらと企業価値の関係を調べた。具体的には計測された無形資産を利用して、従来の(有形資産のみの)トービンのQ(企業価値の指標)に加え、無形資産を含めた新たなトービンのQの計測を試みた。標準的な設備投資理論であるトービンのQ理論に従えば、トービンのQが1を超えている場合は企業の設備投資を積極化させるが、近年標準的なトービンのQが1を超えているにもかかわらず、必ずしも設備投資は積極化しなかった。そこで本研究では、トービンのQの計測に無形資産を含めることにより、トービンのQという指標の再評価を行った。加えて、無形資産が企業価値の変化にどのような影響を与えるかを検証することを研究目的とした。

結果の概要

以下では、通常のトービンのQをConventional Tobin's Qと、無形資産を含めて新たに計測をしたトービンのQをRevised Tobin's Qと示す。

分析の結果(以下の図と表を参照)、無形資産を含むRevised Tobin's Qの平均が限りなく1に近づき、標準偏差もConventional Tobin's Qに比べ縮小することがわかった。これらの結果は、株式市場が無形資産を企業価値に織り込んでいることを示していると同時に、Conventional Tobin's Qが1を超えていたとしても、無形資産が蓄積されているため、必ずしも有形資産投資へとはつながらないということを示唆している。

図:通常のトービンのQと無形資産を含むトービンのQの分布(2000年度から2009年度)
図:通常のトービンのQと無形資産を含むトービンのQの分布(2000年度から2009年度)
注)図の縦軸は密度(Density)を、横軸はトービンのQの値を示す。
表:通常のトービンのQと無形資産を含むトービンのQの記述統計(2000年度から2009年度)
表:通常のトービンのQと無形資産を含むトービンのQの記述統計(2000年度から2009年度)

また、産業をIT関連産業と非IT関連産業の2つに大きく分類した場合、無形資産ストックの対有形資産ストック比率は、IT関連産業で平均で0.60、非IT関連産業で平均で0.35となり、IT関連産業の無形資産蓄積が進んでいることがわかった。加えて、IT関連産業の方が、非IT関連産業よりも、無形資産を含むトービンのQが1を上回る部分が大きいこともわかった。この企業価値の差(トービンのQが1より上回っている部分の差)は、IT関連企業では総じて事業を拡大し、非IT関連企業では事業の再構築が必要であることを教えている。

最後に、無形資産が企業価値に与える影響を分析するために、回帰分析を行った。こうした回帰分析の結果においても、IT関連産業において、無形資産の蓄積が企業価値の増加により強く寄与するとの結論が得られた。

ポリシーインプリケーション

これらの分析の結果から、企業価値(またはTobin's Q)と設備投資との関係を見る場合、有形資産だけでなく無形資産も考慮に入れなくてはならないということを示している。またIT関連産業は、修正されたTobin's Qを計測しても1を超えていることから、今後も有形、無形の投資が期待できる。このため、政府は、IT化を一層推進するとともに、非IT関連産業からIT関連産業へのシフトを促すような産業構造政策をとるべきである(また非IT関連産業でも無形資産の蓄積を補助し、企業が資源を無形資産蓄積に配分できるような政策が求められる)。加えて、企業の無形資産をより適正に評価できるようなシステムの構築(無形資産の「見える化」)に向けての試みも求められる。