ノンテクニカルサマリー

国外所得免除方式の導入が現地法人の配当送金に与えた影響:『企業活動基本調査』および『海外事業活動基本調査』による分析

執筆者 長谷川 誠 (ミシガン大学)
清田 耕造 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 我が国の企業間生産性格差の規定要因:ミクロデータを用いた実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「我が国の企業間生産性格差の規定要因:ミクロデータを用いた実証分析」プロジェクト

問題意識

日本の法人所得に関する国際課税制度は、2009年までは全世界所得課税方式を採用していた。全世界所得課税方式とは、日本企業の国内所得のみならず、海外で稼得した所得に対しても日本の法人税を課すという課税方式である。ただし、二重課税を避けるため、国外で納めた税額は国内の法人税額から控除されていた(外国税額控除制度)。また原則として、海外子会社の利益は国内の親会社のもとに引き戻されるまでは日本の法人税が課されないという特徴があった(課税の繰延べ)。一方、多くのOECD加盟国は、海外で稼得した所得に対して自国の法人税を課さない国外所得免除方式を採用している。

全世界所得課税方式のもとでは、海外子会社の利益を日本へと還流すると、日本で追加的に法人税を支払わなければならないため、日本の多国籍企業は、海外で得た利益を過度に国外に留保し、国内に資金還流させない傾向があった。経済産業省の推計では、2006年度の海外現地法人の内部留保残高は約17兆円に上っている(経済産業省貿易経済協力局貿易振興課、国際租税小委員会、2008)。とりわけ、低税率の国に立地する子会社にとっては、親会社に配当送金を行うと、国内で追加的に課される税額が大きくなるため、配当送金を控える誘因があったと考えられる。

海外利益の国内還流に際しての税制上の障害を取り除くため、2009年度の税制改正において外国子会社配当益金不算入制度が導入され、内国法人が海外子会社から受け取る配当が一定の条件のもとで益金不算入(非課税)となった。この結果、日本の国際課税制度は全世界所得課税方式から国外所得免除方式へと部分的に移行したのである。このような制度変更を踏まえ、本研究では、次の2つの疑問に注目した。

1) 2009年の配当益金不算入制度の導入によって、海外子会社の親会社への配当送金は増加したのか?
2) 制度変更によって、海外子会社の配当送金の外国税率(法人税率や源泉税率)への反応は変化したのか?

分析手法

では、2007年から2009年までの『海外事業活動基本調査』と『企業活動基本調査』の個票データを用いて、2009年の制度変更の効果について、以下の3つの仮説を定量的に検証した。

仮説1:低税率の国に立地する子会社は親会社への配当をより増加させる。
仮説2:子会社の配当送金額は配当源泉税率により強い影響を受けるようになる。
仮説3:配当への源泉税率をコントロールした上で、子会社の親会社への配当送金は増加する。

分析の方法は、回帰分析に制度変更のダミー変数を含め、制度変更前後の比較(before-and-after comparison)を行うというものである。

分析結果のポイント

各仮説についての分析の結果は次のようにまとめられる。

仮説1:仮説1とは逆に、高税率国に立地する子会社が2009年に配当を増やしていた。
仮説2:配当送金は配当源泉税率により強く影響を受けるようにはなっていない。
仮説3:2009年に平均的な子会社が配当を増やしたという結果は得られなかった。ただし、配当送金の分布の上位4分の1以上では、2009年に配当送金が増加したという結果が得られた。

つまり、仮説1と仮説2を支持する結果は得られなかった。仮説3についての結果は、制度変更以前から多額の配当送金を行っていた一部の子会社が、制度変更後に配当をさらに増加させたことを意味している。表(本文のTable 2より抜粋)は、2007年から2009年の各年の子会社の配当送金・売上高比率の分布をまとめたものである。この表より、上位95%、99%の企業については、配当送金の比率が高まっていることが確認できる。さらに、制度変更以前の配当が大きい子会社ほど、制度変更への反応が強く、配当送金の増加量が大きいことがわかった。また、データをより細かく分析していくと、利益率の高い子会社ほど制度変更に機敏に反応し、配当額を増加させていることも明らかになった。これらの分析結果は、海外子会社の制度変更に対する反応の異質性を示唆している。

政策的インプリケーション

本研究の分析結果より、外国子会社益金不算入制度の導入について評価すべき点として、次の2点が挙げられる。第1に、資金還流についての経営の自由度が向上した点である。海外子会社から親会社に支払われる配当への国内での追加的な課税が大幅に軽減されたことで、企業にとっては、国内の税制に左右されずに資金還流の意思決定を行うことが、これまで以上に可能になった。

第2に、制度変更には、限定的ではあるものの、子会社からの海外利益の国内還流を促進する効果があった点である。具体的には、2009年以前の全世界所得課税方式の下で多額の配当送金を行っていた子会社に対しては、この制度変更は配当送金を増加させる効果があった。その一方で、旧制度の下で配当送金を行っていなかった子会社については、この制度変更が配当送金を促した効果は確認できなかった。このため、配当税率以外の要因(海外での再投資の収益性など)が配当送金の意思決定に強い影響を与えている可能性がある。

また、国外所得免除方式への移行に際しては、移転価格を利用した多国籍企業の租税回避の誘引を高めることが懸念されていた。しかし、我々の分析では、仮説1に反して、低税率国に立地する子会社が2009年に配当送金を増加させたという結果は確認できなかった。このことは、制度変更によって、租税回避を目的とした低税率国への所得移転に拍車がかかったとは言えないことを示唆している。これらのインプリケーションより、国際課税制度の評価および更なる改善のためには、子会社の制度変更への反応の異質性を認識しつつ、多国籍企業の多様な資金還流行動や租税回避行動についての理解を深めていくことが重要だと考えられる。

表:日本企業の海外子会社の配当送金・売上比率
表:日本企業の海外子会社の配当送金・売上比率