ノンテクニカルサマリー

出生時体重の効果-出生の原点はその後の人生に影響するのか-

執筆者 中室 牧子 (慶應義塾大学)
卯月 由佳 (国立教育政策研究所)
乾 友彦 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト サービス産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業生産性」プロジェクト

日本では長い間、「小さく産んで、大きく育てる」といった考え方が、出産における1つの理想として流布してきた。しかし近年、国内外の疫学研究は、出生時体重と乳幼児期の健康や発達には相関があることを明らかにしている。さらに、海外の経済学研究は出生時体重の影響が大人になった後まで残る可能性について検討しており、学校での成績、最終学歴、賃金に対する効果を示した研究もある。出生時体重は胎児期間の長さと成長率に影響を受けるが、特に成長率に影響を与える胎児期の栄養摂取が出生後の脳や身体の発達にも影響を及ぼすことがその要因として注目される。日本でもこうした出生時体重の影響が見られるならば、妊婦の栄養摂取の向上を通じ、胎児の栄養摂取を向上させる政策が重要となるだろう。

しかし、出生時体重が長期的なアウトカムに及ぼす影響を、因果的効果として実証するのは非常に難しい。というのも、まず胎児期の成長率と出生後の脳や身体の発達の両方に影響を与える遺伝子があれば、出生時体重の効果と見られるものが、実はその遺伝子の効果である可能性がある。また、社会経済的に恵まれた母親が、妊娠中に豊富な栄養摂取を行うとともに、出産後には子どもの発達や教育に有利となる投資を行うならば、出生時体重と出生後のアウトカムの関連は、実際には家庭背景によってもたらされている可能性もある。出生時体重の因果的効果を推計するには、以上の遺伝子要因と家庭要因を制御する必要があるが、これを可能にするデータと方法は通常限られている。

有効なアプローチとして海外で注目されているのが、一卵性双生児のデータを用い、各ペアが共通にもつ要素の効果を制御する方法である。一卵性双生児は、同一の遺伝子をもち、多くの場合、同一の家庭で育つ。他方、双生児の出生時体重は各ペア同士でも子宮内での栄養摂取の違いにより異なり、また長期的なアウトカムにも差が見られることは一般的に確認されている。

そこで本研究は、著者らがインターネット調査を通じて収集した、日本全国の20歳~60歳の一卵性双生児のデータを用い、出生時体重がどの程度長期的なアウトカムに影響を及ぼしているか実証的に明らかにすることを試みた。表に示すように、双子固定効果の推計結果によると、出生時体重の差は、中学3年時の成績を左右する要因であることが明らかになった。また、エビデンスとしてはやや弱いが、私立中学校に進学する確率や進学先の大学の難易度にも影響を及ぼしている可能性が示唆された。しかし、海外のいくつかの研究成果とは異なり、教育年数や賃金にまで影響するというエビデンスは得られなかった。ただし、最終的な教育達成を年数ではなく学歴により測定した場合や、また賃金を幅のある自己申告値よりも正確な数値で測定した場合に出生時体重の効果が見られるかどうかは、今後の検討課題として残されている。

以上より、出生時体重が中学3年時の成績に影響を与えるというのが本研究の最も重要な知見である。一卵性双生児の場合、妊娠期間と遺伝子が同じなので、胎児期の栄養摂取の違いが出生時体重の違いを生んでいると解釈できる。そのため、本研究は妊婦の栄養摂取の向上が、中学3年時の成績の向上にとって重要であることを示唆する。また、日本の他の研究成果によれば、中学3年時の成績がその後のライフチャンスにも長期的な影響力をもつ可能性がある。つまり、妊婦の栄養摂取の向上を図る政策は、今後ますます促進される必要があるだろう。

今後、より詳細な政策インプリケーションを導くには、一卵性双生児のデータに基づく本研究の分析結果が、一卵性双生児以外の子どもにも一般化可能か、またどの程度の体重で生まれるとき、その体重の効果が最も大きくなるか、といったさらなる分析が求められる。

表:出生時体重が教育的・経済的アウトカムに与える効果(双子固定効果推計)
表:出生時体重が教育的・経済的アウトカムに与える効果(双子固定効果推計)
注)括弧内の数値は標準誤差(不均一分散に対して頑健、かつ双生児ペアの誤差項の相関を調整済み)。太字は、各アウトカムについて最も説明力の高いモデルの推計値。
** 5%水準で統計的に有意、* 10%水準で統計的に有意。
出所)著者らが収集したデータ