ノンテクニカルサマリー

サプライチェーン・ネットワークは災害に対する企業の経済的強靭性にどのような影響を与えるか? 東日本大震災の事例

執筆者 戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
中島 賢太郎 (東北大学)
Petr MATOUS (東京大学)
研究プロジェクト 日本経済の創生と貿易・直接投資の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の創生と貿易・直接投資の研究」プロジェクト

近年、東日本大震災をはじめ甚大な人的・経済的被害をもたらす大災害が頻発するにともない、自然災害に対する動的な経済的強靭性(dynamic economic resilience)、すなわち「自然災害に見舞われた経済が迅速に生産活動を復旧させることのできる復元力」が、学術的にも政策的にも大きな注目を集めている。本論文は、特にサプライチェーン・ネットワークに焦点を当て、それが企業の経済的強靭性にどのような影響を与えるかについて、東日本大震災の被災地企業のデータを用いて明らかにした。その上で、今後の自然災害の脅威に対して企業はどのように備え、行政はどのように支援すべきかについての提言を行った。

本論文の主要な結果は以下のとおりである。

  1. 被災地域内に取引先が多くなればなるほど、売上高の中期的な回復は早くなる。ただし、被災地企業の操業の再開が早まることはない。
  2. 被災地域外に取引先が多くなればなるほど、被災地企業の操業の再開は早まる。さらに、被災地以外の販売先が多い場合には、中期的にも売上高の回復が早くなる傾向にある。
  3. サプライチェーンによって多くの企業と間接的につながっている場合、被災地企業の操業の再開は遅くなる傾向にあるが、中期的な売上の増減には影響しない。
  4. 取引先企業数が多くなればなるほど、仕入先からの部材の供給が途絶している期間は長くなる。
  5. 被災地域外に販売先企業が多いと、復旧に対する支援を受ける可能性が高まる。
  6. 震災後の仕入先からの部材供給の途絶によって取引先を変更しなければならない時、より適切な取引先を見出すのに企業ネットワークは有効である。

1および2の結果は、サプライチェーン・ネットワークが、大災害時において企業活動の復旧の妨げになるというよりもむしろ復旧を早めることを、はっきりと示している。つまり、サプライチェーン・ネットワークを深化することは企業の経済的強靭性を強化することにつながるのだ。これは、上記3および4の結果で示されるように、被災した企業からの部品・素材の供給が途絶えると、操業停止がサプライチェーンを伝わって伝播していくというマイナス面がある一方で、取引先から被災企業が支援を受けたり(結果5)、企業ネットワークを利用して被災した取引企業を代替したり(結果6)といったサプライチェーン・ネットワークのプラス面があるためだ。

図:震災前のサプライチェーン・ネットワークと震災後の操業停止日数
図:震災前のサプライチェーン・ネットワークと震災後の操業停止日数

さらに、本論文の結果は、被災地域内のネットワークと被災地域外とのネットワークは、災害からの復旧に対する効果が異なることを見出している。被災地域内のネットワークは中期的な売上の復旧に有効で、被災地域外とのネットワークはより短期的な生産の再開に有効である。したがって、両方のネットワークを兼ね備えることによって、より強靭な企業が構築される。このように多様なネットワークが経済活動に有効であることは、多くの研究が示している。最近の研究は、人間が最もイノベーティブなのは、ある集団の中で他人と強くつながりながらも、毛色の違う集団ともつながりがあるという多様なネットワークを持つ場合であることを明らかにしている。本論文は、災害に対する強靭性についても、やはり多様なネットワークを持つということが重要であることを強く示唆している。

したがって、今後予想される東海地震、東南海地震、南海地震、およびその連動型のような大災害に対して備えるには、日本の各地域において、地域内のみで完結した企業ネットワーク、サプライチェーンを構築するのではなく、他の地域ともつながった多様な複線型のネットワークを構築していくことが必要であると考えられる。具体的な政策としては、地域の産業振興策において、地域外の企業や大学とのつながりをつくるような商談会、展示会、研究プロジェクト支援が効果的であろう。経済産業省の実施する「産業クラスター計画」においても、このようなネットワーク支援が技術進歩や売上増に有効であることが、一橋大学の岡室博之教授らによって示されている。また、本論文の分析では必ずしも明示的には扱っていないが、海外との取引も多様なネットワークの構築に寄与するので、地域の中小企業の国際化支援や海外からの投資の誘致なども災害に対して強靭な経済の構築に役立つと考えられる。