ノンテクニカルサマリー

中小企業の労働生産性 —労働者数と労働生産性分布に見る高生産性中小企業—

執筆者 青山 秀明 (ファカルティフェロー)
家富 洋 (東京大学)
池田 裕一 (京都大学)
相馬 亘 (日本大学)
藤原 義久 (兵庫県立大学)
吉川 洋 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 中小企業のダイナミクス・環境エネルギー・成長
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「中小企業のダイナミクス・環境エネルギー・成長」プロジェクト

「失われた10年」が「失われた20年」に置き換えられ、我が国の経済の先行きについて、ますます混迷の度合いが増している。このような長期経済不況からの脱却の鍵となるのが、労働者1人あたりが単位期間に生み出す付加価値、いわゆる労働生産性の向上である。特に、新たな産業を創出し、産業構造改革の旗手となることが期待されている中小企業の役割は、極めて大きい。ところが、2008年度中小企業白書では「中小企業の労働生産性の水準は大企業と比べて低い」との認識の基に、中小企業の生産性向上が重要な政策課題として位置づけられている。本当にすべての中小企業の労働生産性に差異はなく、大企業の労働生産性に比べて一律に劣っているのであろうか? このような疑問を背景に、本研究では、企業数が100万規模の網羅的財務データ(2000年から2006年までの期間について中小企業信用リスク情報データベースと日経NEEDSを統合)を活用し、我が国における中小企業の労働生産性の実態を分析した。

現実の企業のもつ労働生産性は、決して新古典派経済学が想定する均衡的なもの(すべての企業の労働生産性は均一)ではなく、大きく広がって分布している。従業員数で大企業(100人以上)と中小企業(100人未満)を任意に区別すると、得られた労働生産性の分布関数の形状は、中小企業を生産性の低い母体グループと少数の高い生産性をもつ先導グループへと自然に分割する。また、中小企業グループにおける高生産性企業の割合は、大企業グループにおける対応の割合と比べて遜色はない。すなわち、中小企業即生産性が低いとの認識は短絡的思考であり、有効な政策立案にあたってこの点を十分考慮する必要がある。

製造業と非製造業について比較すると、これら2つの産業セクターに決定的な違いが見られる。図1にその結果を例示する。棒グラフは各業種に対する実際の高生産性企業の数、エラーバー付きの黒丸はそれぞれの産業セクターで平均的に期待される各業種における高生産性企業数(不確定性は標準偏差の2倍で評価)である。製造業については、業種ごとに高生産性企業の出現確率は大きく変わらず、生産性の向上をもたらす技術革新が、産業のインキュベーターの役割を果たしている中小企業群の中で中立的に発生していることがわかる。他方、非製造業については、経済を支えるべき主要業種(建設業、卸業、小売業)において確率的に見合う刷新的な生産性向上が著しく欠けている。また、労働生産性の向上の質についても製造業と非製造業では大いに異なっている。労働生産性と通常相反する資本生産性に着目すると、製造業においては資本生産性を低下させることなく労働生産性の向上が行われている。この意味で、製造業は真のイノベーションを行っているといえる。ところが、非製造業における労働生産性の向上は、資本生産性の犠牲下で実現している。

我が国の製造業におけるイノベーションの創発は、特定の業種に偏ることなく健全な様相を示し、製造業は十分に成熟していると考えられる。政策的にも公平性が保たれてきたのであろう。それに比べ非製造業については、労働生産性で分解してみると産業構造の歪みが顕著に現れる。この結果は、非製造業の主要業種において企業間の自由競争を阻害してきた過去の保護的政策のつけを明確にあぶり出している。非製造業企業の生産性向上に向けて、効果的な政策の実行が大いに望まれる。

図1:高労働生産性中小企業の産業別分布(2006年)
図1:高労働生産性中小企業の産業別分布(2006年)