ノンテクニカルサマリー

韓国における婚内出生率の決定要因:日本との比較

執筆者 山口 一男 (客員研究員)
YOUM Yoosik (延世大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)

日本と韓国は共に、そのままでは急激な人口減少を余儀なくされる極めて低い出生率を保持するに至っている。日韓の出生率の比較については、国レベルの出生率の推移や、育児支援政策など人口政策の比較といったマクロな比較は数多く行われてきたが、個人の追跡調査(パネル調査)を用いて、女性の出生行動に何が影響するのか、またそこに日韓の共有点や違いが見られるのか、といった分析は未だ全くなされて来なかった。しかし、どのような政策が少子化傾向を緩和させるのかは、女性の出生行動の決定要因の理解には欠かせず、ある国で有効でも他の国で有効でないことが十分あり得る。その意味で今回のミクロな出生行動の比較研究は、日韓の有効な政策の共通基盤を確かめると共に、国による有効な政策の違いも明らかにすることを意図している。

一般的な理論仮説として、(1)育児の機会費用に関する仮説、(2)シカゴ大学教授ゲリー・ベッカーの「子供の質の価格」に関する仮説、(3)意図的行為としての有配偶女性の出生行動に関する仮説、を考えた。

第1の仮説で育児の機会費用とは、主として女性が育児と仕事の両立の困難により、仕事を辞めたり、パートタイム勤務に変えたりすることによる現在および将来の収入や経済的機会の損失によるコストを意味する。女性の個人所得が高いと育児の機会費用は高くなり出生率が下がることが考えられるが、高い所得はより質の高い保育をしながら継続就業する可能性を増大させるので影響の方向は一様ではない。それで今回の研究では職場の特質による機会費用の違いを考え、「育児休業が得られる場合は、得られない場合より出生率が増す」「雇用主の従業員規模が大きいと出生率が減る」の2つの仮説を立てた。

第2の仮説につき、ベッカーは子供を経済学上消費財と考えるが、財としての子供には「量(人数)」と「質」があると考えた。ここで「質」とは1人当たりにかける費用を意味し、養育や教育で子供により大きな費用をかけようとするほど「質」が高いとされる。またベッカーは世帯所得が高いほど高い子供の質を望む(子供により多くのお金をかけようとする)と考えた。このベッカー理論から導かれるのは、収入の増大は出生率について正の所得効果と負の価格効果(収入が増えるとより高い子供の「質」を望むため人当たりの費用が増大する)をもたらし、収入効果は子供の数に依存しないのに価格効果は子供の数により増大するという帰結であり、そこから、第1子では所得効果が価格効果を上回って所得の高い夫婦の出生率が高くなるが、既存の子供数が増えると価格効果の影響度が増して所得が高いほど出生率は減る方向に向かうという仮説が導かれる。

第3の仮説は、避妊知識・用具の普及した今日の日本と韓国では、有配偶女性が出生に大きな制御力を持つので、出生意図・出生意欲はその実現に大きく影響するという仮説である。また夫婦関係満足度が有配偶女性の出生率に大きく関係するが、その影響は出生意図・出生意欲を高めることを通じて間接的に影響するという仮説を併せ検証した。

以上の理論仮説を検証した結果は以下の通りである。

第1に、特殊合計出生率(TFR)が日本より低い韓国は、第1子の婚内出生率では日本よりむしろ高いが、日本女性に比べ韓国女性は第2子出産時を遅らせる傾向があり、また韓国で第3子出生率は日本に比べ更に大きく減少することが示された(図 参照)。既存の子供の数と共に出生率が減る傾向は韓国の方が大きいという事実は、韓国での「子供の質の価格」が平均的には日本より大きいことを示唆する。また夫の収入の出生率に対する影響が既存の子供の数により変わるというベーカー理論の仮説も日韓共に成り立つことが示されたが、既存の子供数による収入の影響の変化の度合いも韓国の方が日本より大きいことが判明した。これらの事実は、教育費や養育費などの「子供の質の価格」を下げる政策は出生率を有効に増すが、その効率は日本より大学進学率がより高く、従って教育費負担のより大きい韓国の方が大きいことを示唆する。

第2に、職場から育児休業が取得できることが日韓共に婚内出生率を増大させることが示され、この傾向は韓国より日本の方が大きい。この違いは法的に保障された育児休業期間(日本では最大1年だが場合により1年半に延長可能)が韓国(出産休暇と併せて最大90日)より日本の方が遙かに大きいことなどの理由で、日本の育児休業制度のほうが韓国の制度より出生率を高めるのにより成功したことを示唆する。また雇用主の企業規模の負の影響も日韓共に確認された。

第3に、出生意図・出生意欲については出生率に非常に大きな影響をもたらすと共に、夫婦関係満足度の影響は間接的で出生意図・出生意欲変化を通じてのみ出生率に影響することも、日本・韓国共に確認された。

このように出生率の決定要因は日韓で共通するが、特定の要因がより大きな影響を持つか否かには日韓の平均的教育費用の違いや育児休業制度の違いなどによる差が生じていることも示唆された。また今後の日韓のミクロな社会行動の比較研究の重要性も示された。

図:第2子、第3子の婚内出産率
図:第2子、第3子の婚内出産率