ノンテクニカルサマリー

大学院教育と人的資本の生産性

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)

問題意識

技術が高度化した結果、新しいイノベーションを生み出すために必要となる知識の蓄積量、したがって教育年数は昔に比べて増加しており、近年になるほど重要な発明を行う年齢は高くなる傾向がある。こうした中、日本を含めて主要先進国で大学院卒(修士、博士)の労働者が増加傾向にある。日本では、2011年に大学院を卒業して就職した者は修士5.4万人、博士1.0万人と、いずれも過去10年間に年率3%以上のペースで増加しており、同じ期間の学部卒の就職者数の伸び率(年率1%弱)よりもずっと高い。大学院卒業者の就職先はハイテク製造業や情報通信業といったイノベーションが重要な産業が多く、職種別には専門的・技術的職業が多数を占めている。

経済成長におけるイノベーションの重要性を踏まえると、大学院の教育投資が生産性に対して十分な効果を持っているかどうかは重要な政策的関心事である。こうした問題意識の下、本稿では、大学院卒業者の賃金について「就業構造基本調査」の公表データに基づいてシンプルな賃金関数を推計し、大学院教育が労働者の生産性に及ぼす効果、大学院教育の収益率を試算する。

分析結果のポイント

主な分析結果は次の通りである。(1)性別、年齢、学歴、雇用形態を説明変数として対数賃金(年収)を説明するシンプルな回帰分析によれば、学部卒と比較した大学院賃金プレミアムは約20%であり(図参照)、米国、英国の先行研究の結果とおおむね同程度の大きさである。(2)雇用者に関しては、女性の大学院賃金プレミアムは男性よりも大きい。(3)雇用形態別に見ると、男性の自営業主において大学院卒賃金プレミアムが非常に大きい。(4)学部卒の雇用者は60歳を超えると極端に賃金が低下するが、大学院卒の場合には高齢での賃金低下は緩やかである。また、大学院卒は高齢になっても有業率の低下が学部卒に比べて小さい。つまり、大学院卒業者は相対的に高賃金で、かつ、早期引退せず長く労働市場にとどまる傾向がある。(5)以上をもとに大学院教育投資の収益率を概算すると10%を超える高い数字となる。

図:大学院卒の賃金プレミアム
図:大学院卒の賃金プレミアム

インプリケーション

本稿の分析結果から示唆される政策的含意は次の諸点である。(1)技術が高度化し、人的資本の重要性が高まる中、イノベーションの担い手を育てる大学院教育の充実は日本経済にとって大きな意義を持つ。(2)大学院修了者の増加は、男女間賃金格差の縮小、長期的には高齢者の就労拡大にも貢献する可能性がある。(3)教育の経済効果に関する分析においては、学部卒と大学院卒とを区別することが望ましい。また、研究機関等の賃金水準を評価する際、大学・大学院をひと括りにしたラスパイレス指数を用いるのは適当とは言えない。