ノンテクニカルサマリー

中国による補助金供与の特徴と実務的課題―米中間紛争を素材に―

執筆者 川島 富士雄 (名古屋大学)
研究プロジェクト WTOに関する総合的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域III (第二期:2006~2010年度)
「WTOに関する総合的研究」プロジェクト

問題意識

現在、中国による補助金供与をめぐって米中間で貿易紛争が激化している。中国による補助金供与をめぐる米中間紛争としては、世界貿易機関(以下「WTO」という。)の紛争解決手続において顕在化したものだけでも6件あり、さらに、米国国内の対中相殺関税各種調査及び環境技術関連産業政策に関する米国通商法301条調査が中国の補助金供与を直接問題としている。しかし、紛争の火種はこれらにとどまらず、さらに拡大するものと見られる。

米中間の補助金をめぐる紛争の激化の背景には、両国の「産業政策」に対する姿勢、さらに突き詰めれば政府と市場の関係に対する考え方の根本的な差違がある。この対立は、最近「自由市場主義国対国家市場主義国」という図式で語られることが多い(DP本文注2)。そこで本稿は、既に具体化、先鋭化している米中間の補助金関連紛争を参考にしながら、「政府と市場」の関係に対する国家間の考え方の違いが、いかなる法的紛争を引き起こし、いかなる課題を突き付けているのかという基本的視点から検討を進める。具体的に本稿は、(1)中国における産業政策の歴史的経緯、担い手および手法の紹介、(2)米中間の補助金供与に関する紛争から得られる示唆と課題の導出、(3)(2)の紛争のWTO法、特に補助金協定の観点からの論点整理と判例の分析、(4)以上の紹介および分析を踏まえた将来の実務上の課題の整理を行う。

分析結果のポイント

(1) 中国における産業政策の歴史的経緯、担い手および手法

改革開放政策導入以降、中国における産業政策は浮き沈みを経つつも、2008年3月の国務院機構改革の結果、国家計画委員会の流れを汲む国家発展改革委員会が現在も産業政策のグランドデザイン(規画)を立案する一方、科学技術部、工業・情報化部、商務部らが対応する具体的政策を立案・実施し、これを受け地方政府がそれぞれの特徴を考慮した政策を立案・実施するという体制に落ち着いている。そこでは、国家政策において指定された重点・戦略産業に対し、直接に補助金を供与し、税優遇措置を導入するだけでなく、ローカルコンテント要求、政府調達、製品基準、輸出制限といったさまざまな政策手段を、いわば総動員して、重点・戦略産業の発展促進を図るという特徴が見られる。また、改革開放政策の一環としての国有企業改革によって、その数を減らしてきた国有企業の中国経済におけるプレゼンスは、なおも健在であり、戦略的重要産業や資源確保の場面において国有企業が与えられる役割は、むしろ拡大傾向にある。

(2) 米中間の補助金供与に関する紛争からの示唆と課題

(産業政策全般と補助金政策)
中国の産業政策は、内外資無差別の単純な輸入代替、輸出促進政策から、国内資本による産業高度化、自主創新能力向上政策へ大きな転換が見られた。そのために導入された、多くの内外差別的な措置、輸出補助金や国産品優先使用補助金といった禁止補助金の頻出に照らせば、中国産業政策当局におけるWTO義務遵守意識は極めて低いと見なさざるを得ない。

中国は「補助金の百貨店」の様相を呈している。特に、特定の補助金政策を産業政策全体のグランドデザインの中に位置づけて把握する必要がある。中国が国策として導入している以上、ある補助金政策を叩いても、他の補助金政策や他の産業政策で代替される可能性がきわめて高い。

(相殺関税等対処方法)
米国産業(およびそれを代理する法律事務所)は、USTRによる年次貿易障壁報告やWTO履行報告の準備、米中経済・安全保障再検討委員会等による年次報告の準備等の各過程において、補助金慣行に関する詳細な情報を盛り込んだ意見書を数多く提出している(制度化された官民ネットワークの存在)。一連の相殺関税提訴はそうした長年の作業を通じ蓄積された情報に依拠している。

また、相殺関税調査では外国投資企業向け企業所得税優遇等が頻繁に認定されている。しかし、調査参加企業の場合、それらの相殺関税率引き上げへの貢献は大きくない。むしろ、移行経済国ないし国家資本主義国である中国に特徴的な論点として、国有商業銀行による政策融資、国有企業による投入財の低価提供などの補助金性が問題となっている。

(3) WTO補助金協定の観点からの論点整理と判例の分析

(国有商業銀行および国有企業の「公的機関性」)
米中間の相殺措置をめぐるWTO紛争解決事件であるDS379事件のパネルは、国有企業が、補助金認定の1つの要件である「資金面での貢献」の主体として「公的機関」に該当するかどうかは、政府による過半数所有の有無という形式的基準で判断できると解釈した。これに対し、本件上級委員会は、公的機関は、政府権限を有し、行使し、又は付与された実体であると解釈し、その認定のためには、法令で明確に権限が付与されている事実だけでなく、実際に権限を行使している事実、政府が実体に対し意味のある支配を行使している事実が証拠となり得るとする一方で、政府が当該実体の過半数の株式を所有している等の単なる形式的なつながりだけでは足りないとの解釈を示した。

(非市場経済国における国内ベンチマークの拒否と代替的ベンチマーク)
DS379事件パネルおよび上級委員会は、補助金認定上の他の要件である「利益」の計算に関し、非市場経済国における国有企業のシェアの高さに基づいて、物品のみならず、金利についても同国内のベンチマークを拒否することが可能であることを確認した。他方で、第三国ベンチマークの利用可能性については、パネルが比較的幅広い裁量を調査当局に与えた一方で、上級委員会はパネルの姿勢を調査当局の手法を安易に受け入れていると厳しく批判し、その認定を取り消したものの、第三国ベンチマークの手法の補助金協定適合性の具体的な審理に入らなかった。そのため第三国ベンチマークの導入の可否に関する基準はなお明確となっておらず、今後の判例の蓄積を待たざるを得ない。

政策的インプリケーション

(全般的な示唆)
本稿における「政府と市場」の関係に着目した問題意識や法的争点は、WTO補助金協定のみならず、WTO協定全般において規律対象である「政府措置」の範囲、国際投資仲裁の対象となり得る国家の措置の範囲といった争点にも関係する。さらに、国有企業が市場プレイヤーである場合、補助金のみならず、競争法上の規制での不公平取扱いを含むその他の政府による優遇措置によって、人為的な競争上の優位を獲得していないかという懸念にいかに対処するかも長期的課題となる。そのような問題意識は、政府系ファンドによる投資活動に対する規律やOECDにおける「競争上の中立性枠組み」をめぐる検討にも見られる。

(WTO紛争解決手続の活用上の課題)
中国が供与する補助金の中国国内市場や第三国市場における悪影響を除去するため、WTO紛争解解決手続の活用が必要となる。その前提として、上記の米国の経験に学び、必要な情報を効果的に収集できる官民協力関係の構築が日本においても喫緊の課題である。

(日本の補助金相殺関税制度の運用上の課題)
日本の相殺関税制度は、なお非市場経済国に対するルール整備が十分とはいえない。上記のDS379事件上級委員会を参考にして、公的機関の認定基準およびベンチマークの選定に関するガイドラインの整備に向け検討を進める必要がある。

(日中間の経済連携協定(EPA)および投資協定(BIT)の交渉における課題)
中国との貿易・投資の自由化交渉にあたっては、中国による広範な補助金政策や国有企業のプレゼンスを前提とした交渉や案文づくりを進める必要がある。異なる「政府と市場」の関係性を考慮に入れた協定案の提案は、米国モデル二国間投資協定(BIT)の改定作業、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉、OECDの「競争上の中立性枠組み」の検討等において、中国を意識した形で進められている。これら先行事例も参照しつつ、日本として必要な検討を進める必要があろう。