ノンテクニカルサマリー

企業ダイナミクスと企業規模分布の変化-技術条件等による影響のノンパラメトリック分析-

執筆者 後藤 康雄 (上席研究員)
研究プロジェクト 金融の安定性と経済構造
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

本稿は日本企業のデータを用いて、企業規模の分布が時間とともにどのように変化するかを分析したものである。今回の分析の視点は大きく2つある。1つは、こうした分布の形状が、退出、成長という企業のダイナミクスによってどう変化するかであり、もう1つは金融制約や技術条件などの各種経済的条件がそうした変化とどう関係するかである。前者については、退出というプロセスにおいては相対的に小規模企業が抜けていくことが多いため分布の山は右にシフトし、さらに生存する企業の成長が山を右にシフトさせる状況を確認した。これは、他の研究と同様の結果である。

問題は後者の視点である。たとえば金融制約が強い企業グループと弱いグループでは、最初の時点から最終時点へと至った後(本稿の分析では1995年から2006年にかけての11年間)、両グループの分布形状の変化には大きな違いが無いようにみえる。しかし、退出と成長というプロセスに分けてみると違った姿が浮かび上がる。金融制約が強いグループでは、小規模企業を中心とする退出が多くなりがちなため、退出を通じた分布の変化は大きい一方、生存する企業の成長は低めとなり、成長を通じた変化は小さい。逆に金融制約が弱いグループでは、退出は少ないため、退出プロセスを通じた分布の変化は小さいが、成長プロセスを通じて大きな変化を示す。

これは、金融制約の強弱にかかわらず、一見すると企業規模分布にそれほど違いがないようにみえて、個別企業のレベルに立ち入って観察すると、その"顔ぶれ"にはかなり大きな変化が生じる可能性を示唆している。企業規模分布を鳥瞰するというのは、企業規模階層ごとのプレゼンスを把握する優れた手法であるが、政策的な観点からは、ミクロな動向(退出、成長といった個別企業レベルのダイナミクス)を捉えることも重要であろう。たとえば、何らかの政策目的に鑑みて中小企業に対する保護的な施策が必要であるならば金融制約を弱めることが有効であり、逆に企業部門の新陳代謝を重視するのであれば金融制約を過度に緩めることは避けるべきかもしれない。

以上の分析手法は、金融制約以外にも、貿易比率など他の経済条件の強弱に対しても応用可能である。個票データを用いて、企業規模分布をマクロ、ミクロの双方のレベルにおいて把握すると、さまざまな興味深い事実が観察される。

図:退出、成長を通じた企業規模分布の変化
図:退出、成長を通じた企業規模分布の変化
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