ノンテクニカルサマリー

スウェーデンのワーク・ライフ・バランス - 柔軟性と自律性のある働き方の実践 -

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

先進福祉諸国においても、ワーク・ライフ・バランス(WLB)が進んだ国として知られるスウェーデンが両立支援型の社会を構築した背景には、1970年代に入り、従来の性別役割分業を基盤とする社会保障システムから夫妻共働き型へとシフトさせた経緯がある。「男性も女性も、仕事、家庭、社会における活動に関して、平等の権利と義務および可能性をもつ」という平等理念に基づき、男女とも配偶・子どもの有無にかかわらず、家庭と仕事が両立できるよう、労働環境が整備されてきた。女性の労働市場への参画と男性のケアワークへの参加というレトリックは、約40年にわたり、同国の家族政策と平等政策の基軸となっている (Klinth 2005)。1974年に育児休業法(親休業法)を男性に適用させ、世界に先駆けて父親が育児休業(父親休業)を取得できる制度を導入した。現在では、子ども1人につき480日間、うち390日は所得の80%を保障しており(但し上限有り。2011年3月時点での日額最高910クローナ)、父母への割当て期間(各60日)以外は、原則として父母で二分割するものとされている。社会保険機構 (Försäkringskassan) の調査によると、1995年-1996年生まれの子どもをもつ親のうち、子どもが8歳に達するまで(休業対象期間)に育児休業を取得したことがある者は父親全体の89%、母親の97%を占めている(SOU 2005:73)。

本稿では、ホワイトカラー従業員のWLBを研究対象として、スウェーデンの両立支援のあり方とWLBを支える仕組みについて、同国の企業における実践をもとに考察した。まず5カ国の企業へのアンケート調査(企業調査)での、「貴社では性別にかかわらず社員の能力発揮を推進することを同業他社に比べてどの程度重視していますか」という設問に対し、「重視している」と回答した企業の割合は高い順に、スウェーデン58.0%、イギリス57.9%、ドイツ35.3%、オランダ34.0%、日本23.6%であった。そこに「やや重視している」と回答した企業も加えた「重視派」の割合も、スウェーデンで最も高く、90%を占める(図1)。社会や職場における男女均等処遇に関する意識や実践状況が、対象国間で異なる点には留意すべきであるが、それぞれの企業が置かれた状況(社会)で、自社の実態について、このように評価している点は注目できる。

企業調査のデータを用いた他の分析からも、スウェーデンの企業における育児休業制度(法を上回る施策)やフレックスタイム制度、在宅勤務制度等の両立支援施策は、男女の機会均等の理念に基づき展開されているという特徴が明らかとなった。

図1:「貴社では<性別にかかわりなく社員の能力発揮を推進すること>を
同業他社に比べてどの程度重視していますか」への回答 (%)

図1:アンケートへの回答

さらにスウェーデンの企業の人事部門管理職と一般従業員へのヒアリング調査から得られた知見から、社会と企業いずれのレベルでも「男女共同参画」が実践され、家庭との両立を想定した働き方が1つの標準と位置付けられているため、働き方の「多様性」と「柔軟性」を可能とする基盤が形成されたことが分かる。同国の経験は、柔軟な働き方が選択できる環境において、個人の潜在能力が高まり、自己のWLBを促すというメカニズムの存在を示唆するものである。

またスウェーデンの職場レベルでの働き方やマネジメントにおける特徴として、「責任の下での自律」と「信頼関係」という2つのキーワードが導き出された(詳細については、DP本文の現地企業4社についての事例研究を参照)。

仕事に全面的な比重を置く、いわゆる男性的な働き方を標準とするシステムからの転換を図ったスウェーデンの経験は、WLBの実現は、社会と企業、そして家庭における男女双方の解放 -「二重の解放」-(Klinth 2005, Ahlberg et al. 2008)を成し得てこそ成る、という示唆に富む。柔軟で多様な働き方ができる環境は、たとえば育児休業を取得する、ライフステージの一時期は家庭生活に比重を置く、といった選択行動への潜在能力を高め、自己のWLBの達成を促すと考えられる。

時間的にゆとりのある、バランスの取れた生活において、人々は自己のもてる能力を発揮でき、ひいては、生産性の向上にもつながるのではないだろうか。グローバル化と多様化が進み、流動性が増しているスウェーデン社会のWLBのあり方は、我が国にとっての1つの方向性を提示するものと思われる。