ノンテクニカルサマリー

租税条約仲裁の国際法上の意義と課題-新日蘭租税条約の検討-

執筆者 小寺 彰 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 通商関係条約と税制
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

2008年にOECDモデル租税条約が紛争処理のために仲裁を採用したのを受けて、2010年8月25日に署名された新日蘭租税条約は仲裁規定を設け、権限ある当局(日本の場合は国税庁)間で仲裁手続を定める「実施取決め」を結んだ。租税条約が紛争処理のために仲裁規定をおくことにはどのような意味があるのか、またOECDモデル租税条約と同一内容の仲裁手続を規定する新日蘭租税条約にはどのような法的問題があるか。

分析結果のポイント

租税条約は長年紛争処理手続として権限ある当局間の相互協議をとってきたが、他方仲裁手続を採用するものもわずかであるが第2次大戦前から存在する。第2次大戦後も、50年代から仲裁の採用を主張する団体(たとえばIFS)もあったが、OECDモデル租税条約は当初は仲裁を採用せず、2008年になって取り込んだ。OECDモデル租税条約の仲裁規定の特色は、相互協議の一環として位置づけ、かつ相互協議開始後2年経過をすれば相互協議を申し立てた納税者の意思によって仲裁に付託されるという強制的性格をもつ点にある。

租税条約仲裁一般について重要な問題は、「主権問題」が発生するのではないかという点である。これは各国憲法体制において、課税額の最終的な決定権限が国家機関に排他的に帰属するか、それとも第三者機関に委ねることが許されるかという問題に尽きるが、他国はともかく日本の場合には許されよう。

租税仲裁手続については、まず仲裁制度の設計が問題になる。相互協議を従来通り維持し、かつ仲裁決定の判断に国内法上の効力を直接的にもたせるためには、新日蘭租税条約が採用したように仲裁決定を相互協議の一部に組み込むのが唯一の方法である。細かい手続事項で問題になるのは、(1)透明性、(2)条約解釈規則、(3)監督である。(1)透明性については仲裁決定の公表が望ましいが、現在のものは公表条件が非常に限定的である。(2)条約解釈規則については、官庁間取決めでしかない「取決め」によって条約法に関するウィーン条約上の解釈規則を限定しており非常に問題である。(3)監督は、当事国裁判所が行うことになっているが、日本の法制上裁判所に監督権を行使できるかが問題であり、さらに仲裁監督について複数の機関が存在することは監督制度と矛盾する。

インプリケーション

租税協定仲裁を置くこと自体について政策上はともかく法的な問題はないが、新日蘭租税条約において採用された仲裁手続については再考すべき点がある。透明性については、仲裁審理の状態まで公表するには及ばないだろうが、仲裁決定は公表すべきである。条約解釈規則については、OECD関係文書を重視することが政策的に妥当か否かという問題は別にして、国内裁判所も拘束する形で条約解釈規則を定めることが最低限必要である。監督については、租税条約仲裁には監督を特別に想定するか、そのための仲裁委員会を設置する形で対応すべきである。租税条約をOECDモデル租税条約通りの規定にする必要はなく、とくに国内法制との整合性に配慮することが絶対に必要である。