ノンテクニカルサマリー

産業集積と労働市場-リスクシェアリングを通じた集積効果

執筆者 中島 賢太郎 (一橋大学経済研究所)
岡崎 哲二 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 産業集積と労働市場
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

経済活動は空間的に一様に分布せず、特定の地域に集積する強い傾向がある。このような傾向が生じる要因として、海岸線からの距離や天然資源の賦存といった経済にとって外生的な要因の外に、企業間の知識のスピルオーバーやインプットのシェアリングなど経済活動から生じる内生的要因があることが知られている。この論文ではそれら内生的要因の1つである労働市場プーリング、すなわちある産業に固有の性質を持つ労働力を企業ないし事業所間で労働市場を通じてシェアすること、が産業集積の程度にどのような影響を与えるかについて分析した。

労働市場プーリングに注目すると、個々の事業所がそれぞれに固有のショックに直面している程度が大きい産業ほど、深い労働市場の近くに立地して賃金変動のリスクをシェアすることの意味が大きいという仮説が理論的に導かれる。このことの直観的解釈は以下のようになる。まず、個々の事業所は専門技能を持った労働者を雇用する必要があり、さらに常に固有の生産性ショックに直面しているような状況を考える。このような場合、各事業所はその固有生産性ショックに応じて専門労働者数を調整する必要があるが、この労働調整の際、十分に労働市場が大きくないと、個々の事業所の労働調整がその地域の労働市場に与える影響が大きく、賃金上昇を通じて事業所の利潤を圧迫すると考えられる。つまり、ある事業所に大きな正の生産性ショックが生じ、専門労働者を大量に雇用する必要ができたときに、労働市場が小さいと、この一事業所の労働需要の増大が地域の労働市場の賃金上昇を引き起こすため、事業所利潤を圧迫してしまうのである。それに対し、十分大きな労働市場があれば、個々の事業所の労働調整は労働市場に大きな影響を与えることがないため、スムーズに労働調整を行うことが可能となる。つまり、事業所の集積によって労働市場が拡大することで、個々の事業所が直面する生産性ショックをシェアすることができるといえる。この効果が、労働プーリングがもたらすリスクシェアリング効果とよばれるものである。各事業所が直面している固有生産性ショックが大きい産業ほど、この労働プーリングがもたらすリスクシェアリング効果の恩恵が大きいため、このような産業は地理的に集積することが予想されるというのが、モデルが導く理論的帰結の直観的解釈である。

この仮説を検証するために、本稿では日本の工業統計の個票データを用いて、各産業の地域的な集積の程度を示す変数を計算し、これを集積指数と呼ぶことにした。さらに労働プーリング効果の指数として、各産業ごとに、その産業に属する個々の事業所が直面する固有ショックの大きさを示す変数を作成し、集積指数をこの労働プーリング効果の指数、さらにその他の集積に影響を与える変数に回帰した。

基本的な推定結果は別表に要約されている。労働プーリング指数の係数はプラスでかつ統計的に有意となっており、事業所固有のショックが大きい産業ほど集積の程度が大きいという仮説を支持する結果である。また、係数の大きさを評価すると、「労働プーリング」変数が1標準偏差上昇すると産業集積の程度が0.18標準偏差上昇する関係にあり、その効果は大きい。また、その他の集積効果と比べても、その効果が相対的に大きいことも示されている。この結果は、産業集積のベネフィットの1つとして労働市場プーリングによるリスクシェアリングを通じた企業利潤上昇効果が存在し、かつそれがその他の集積効果と比較しても重要な効果であることを示唆している。すなわち、産業集積は、深い労働市場を形成することを通じて企業利潤の上昇に寄与していると見ることができる。

本稿の結果は、産業集積の促進を図るうえで、専門労働者の雇用調整をスムーズに行う環境を整えることの重要性を示唆するものといえ、現在進められている産業クラスター計画など、産業集積を促進する政策にも有益な示唆を与えるものであるといえよう。