ノンテクニカルサマリー

理系出身者と文系出身者の年収比較-JHPSデータに基づく分析結果-

執筆者 浦坂 純子 (同志社大学)
西村 和雄 (ファカルティフェロー)
平田 純一 (立命館アジア太平洋大学)
八木 匡 (同志社大学)
研究プロジェクト 活力ある日本経済社会の構築のための基礎的研究:複雑系の観点から
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

日本の競争力が低下し続ける中で、さまざまな分野で新たなる価値創造を行うことが強く求められるようになってきている。新たなる価値創造は多様な形態でのイノベーションを進めることによって可能となり、新たなるビジネスモデルの開発、金融商品の開発、IT利用による業務の効率化、新技術の開発、生活の質を高める社会インフラ整備、持続可能な地球環境の構築、iPS細胞等の生命科学を基礎とした新薬開発、医療技術の開発などは、重要な領域となっている。これらのイノベーションを行うために理系的な能力が不可欠であることはいうまでもない。たとえば、新たなるビジネスモデルの開発では、マーケットデータの解析能力およびシミュレーション能力が求められ、金融商品の開発では数理ファイナンスの知識および分析力が必要となる。

これまで文系的能力でイノベーションが可能と考えられてきた領域においても、社会・経済システムの高度化と先端技術との関連性が高まるにつれて、理系的能力が持つ重要性は大きく高まっている。このような環境変化の中で、理系教育が弱体化していくことは、単に技術力低下という問題を引き起こすのみならず、あらゆる領域において日本の競争力を低下させる危険性を有しているといって良いであろう。

理系教育の弱体化がどのようなプロセスで引き起こされてきたのかを詳細に検証する必要性があるが、中でも「理系出身者よりも文系出身者の方が高所得」という通念が理系志望を減少させてきたのではないかとの懸念は重要な問題として存在している。そして、そもそもこのような通念が本当であるのかを明確に調べることから出発することが、今後の日本の競争力を向上させる上で必要であると判断している。

本論文では、慶應義塾大学パネル調査共同研究拠点にて設計された「日本家計パネル調査(JHPS)」データを利用して、理系出身者と文系出身者との所得差を比較している。調査の結果、男性の場合、文系出身者の平均値が559.02万円(平均年齢46歳)で、理系出身者は600.99万円(平均年齢46歳)となっており、理系出身者の方が高くなっていることが示されている。また、女性については、年収は文系出身者の平均値が203.02万円(平均年齢45歳)で、理系出身者は260.36万円(平均年齢38歳)となっており、平均年齢が低い理系出身者の方が高くなっている。これらの結果は、文系出身者よりも理系出身者の方が高い所得を得ていることを示している。

次に、文系出身者と理系出身者のデータを分離してそれぞれについて、重回帰分析によって年齢-所得プロファイルを計算した。文系は、国立出身者と非国立出身者に統計的に有意な差は存在していない。この結果をプロットしたのが下の図である。この図で示されるように、理系出身者の方が文系出身者より、年齢の上昇と共に所得上昇の傾斜が大きくなっている。そのため、理系非国立出身者の所得は、文系出身者よりも、若年期では低くなっているものの、40歳以降では高くなることが示されている。

これらの結果は、理系出身者の方が、文系出身者よりも生産している付加価値額が高いことを示唆している。このような傾向は、新しい価値を生み出す創造性が競争力の源泉となるこれからの社会においては、さらに強まることが予想される。その意味において、理系的能力の養成を、教育課程の中で重点化して進めていく必要があろう。

図:文系出身者と理系出身者の所得プロファイル
図:文系出身者と理系出身者の所得プロファイル