ノンテクニカルサマリー

トービンのqは企業のグローバル化戦略の選択にとって重要か?

執筆者 神事 直人 (京都大学)/張 星源 (岡山大学)/春名 章二 (岡山大学)
研究プロジェクト 「国際貿易と企業」研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域III (第二期:2006~2010年度)
「「国際貿易と企業」研究」プロジェクト

問題意識

輸出や外国直接投資(FDI)など企業のグローバル化戦略の選択が生産性の水準によって異なることは政策担当者の間でも知られるようになってきているが、海外企業へのアウトソーシングと海外子会社による生産のいずれを選択するかが当該企業のトービンのq値と関係するという新たな仮説が最近の理論研究から導かれている。この仮説によれば、トービンのqが相対的に高い企業は子会社による生産(FDI)を選択するが、q値が相対的に低い企業はアウトソーシングを選択する。トービンのqは株式市場で評価された企業価値を資本の再取得価格で割ったものであり、q値が1よりも大きければ、その企業の保有資本ストックの価値よりも市場で評価された企業価値の方が高いことを意味する。そのため、物的資本に対して知識資本の重要性が高い企業はq値が高くなる。そのような企業は生産工程の一部をアウトソーシングするより社内(子会社)で生産することを好むというわけである。ここで言う「知識資本」とは無形の企業特殊的資産を指しており、登録商標や暖簾からノウハウといったものまで広く包含した概念である。公共財的な性質を有することが知識資本の大きな特徴である。

日本企業のなかで、生産性が高いにもかかわらず海外に進出していない企業がある一方で、生産性がさほど高くないのに海外進出している企業があり、生産性以外の要因がその戦略に影響している可能性が指摘されている(たとえば、戸堂康之RIETIファカルティフェロー / 東京大学教授らによるRIETIのプロジェクト研究(注1)を参照)。

本研究では経済産業省『企業活動基本調査』および『海外事業活動基本調査』の企業レベルデータと日経NEEDSによる上場企業の財務データを用いて、日本企業のグローバル化戦略と生産性およびトービンのqとの関係について分析した。国内売上げに対する輸出額や海外子会社の売上げの比率でグローバル化モードの度合を識別した。また複数のグローバル化モードを採用している企業に関して、輸出に対するFDIの比率や国外アウトソーシングに対するFDIの比率を算出して、モード間の選択の相対度を測定した。なお、生産性の指標には付加価値ベースで測った労働生産性を用いた。

分析結果のポイント

グローバル化している企業は少なく、FDIや国外アウトソーシングを行っている企業は特に少ないため、たとえば輸出対国内売上げの比率等は非常に歪んだ分布をしている。この場合、最小二乗法(OLS)のような一般的な計量分析の手法が適切でない可能性がある。そこで本研究では、一般的な手法に加えて分位点回帰(quantile regression)という手法による推計を行った。その結果、大変興味深い分析結果が得られた。表1に示すように、生産性の高い企業ほど輸出に対するFDIの比率が高くなる傾向がみられる一方で、トービンのqが高い企業ほど、国外アウトソーシングに対するFDIの比率が高くなる傾向がみられた。いずれも統計的に有意な結果である。他方、生産性の違いはFDI対アウトソーシングの比率には統計的に有意な影響を与えず、逆にトービンのqの違いは輸出対FDIの比率には有意に影響していないという結果が得られた。つまり、輸出かFDIかの選択では、生産性の高さは重要であるがq値はさほど重要ではない。FDIか国外アウトソーシングかの選択では、生産性はあまり重要でないがq値は影響を与えていると考えられる。これらの結果は先行研究による理論的帰結と一致する。ちなみにOLSではいずれも統計的に有意な結果が得られなかった。

表1:生産性およびトービンのqがグローバル化のモード選択に与える影響
表1:生産性およびトービンのqがグローバル化のモード選択に与える影響

インプリケーション

激しい国際競争にさらされている日本企業にとって、活動のさらなるグローバル化促進が競争力を維持する上で重要である。本研究では、トービンのq値が高い企業はFDIを選択し、q値が低い企業はアウトソーシングを選択するという理論的予測を支持する結果を日本企業のデータ分析から得た。グローバル化している企業のなかで、アウトソーシングをしているのはトービンのqが相対的に低い企業であるという点は注目に値する。トービンのqが相対的に低い企業は保有する資本ストックの使用効率が低いと考えられる。規制緩和やさまざまな政策的支援によってその使用効率の改善を導くことが、企業のグローバル化のより一層の促進につながると予想される。他方、トービンのqが低いと追加投資に必要な資金調達が容易でなかったり、追加投資に慎重になったりすると考えられる。FDIではなくアウトソーシングが選択される理由もそこにあるのかもしれない。この場合、追加投資に必要な資金を調達できるメカニズムを創設することが対外FDIを後押しすることになるであろう。

脚注

  1. Todo, S.(2009) "Quantitative evaluation of determinants of export and FDI: Firm-level evidence from Japan." RIETI Discussion Paper Series No. 09-E-019.  戸堂康之(2010)『途上国化する日本』日本経済新聞出版社.若杉隆平ほか(2008)「国際化する日本企業の実像-企業レベルデータに基づく分析-」RIETI Discussion Paper Series No. 08-J-046.