ノンテクニカルサマリー

研究開発における企業レベルの規模の経済の源泉を探る:補完的資産、内部及び外部からの知識フロー及び発明者チームの規模

執筆者 長岡 貞男 (ファカルティフェロー)/大湾 秀雄 (東京大学)
研究プロジェクト イノベーション過程とその制度インフラのマイクロデータによる研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「イノベーション過程とその制度インフラのマイクロデータによる研究」プロジェクト

研究開発における企業レベルの規模の経済がどの程度重要であるか、またその源泉が何であるかは、研究開発における効率的な企業組織や産業組織の在り方を検討する上で基本となる点である。そのような分析においては、プロジェクト・レベルの規模の経済と企業レベルの規模の経済を識別することが重要であり、このためにはプロジェクト・レベルのデータによる分析が不可欠である。Henderson and Cockburn, 1996は、医薬品探索過程において、プロジェクト・レベルでは大きな規模の不経済が存在するが、他方で企業の規模自体は医薬品探索の生産性を大きく高めることを見出した。このような企業レベルの規模の経済の重要な原因として、企業内の研究開発プロジェクト間の知識フローの重要性を指摘している。

本研究は、経済産業研究所で行った発明者サーベイの結果を用いて、研究開発における企業レベルの規模の経済の源泉を探っている。主要な発見事実は以下の3点である。

第1に、企業内の研究開発プロジェクトからの特許数はプロジェクトに投入する発明者の人月に関して強い収穫逓減がある。表は、プロジェクト規模(プロジェクトに投入されている研究開発投資の規模で、発明者の人月数および発明者数で評価している)が拡大した場合、およびそのプロジェクトを実施している企業の規模が拡大した場合、プロジェクトからの特許数がそれぞれどれだけ増えるかの弾性値を示している。これによると、プロジェクトに従事している発明者の人月と発明者数の係数の合計、すなわちプロジェクト規模についての弾性値は、約0.2であり、プロジェクト規模が10%拡大すると特許数は2%拡大するのみである。したがってHenderson and Cockburn, 1996 の研究と同様にプロジェクト・レベルでは強い規模の不経済が存在する。他方で、弾性値は小さいが、そのプロジェクトを実施する企業の規模が大きくなるとプロジェクトからの特許数は拡大する。但し、企業の規模の指標として重要なのは、売上げ規模であり、研究開発規模やその企業の当該分野の特許ストックではない(下の表のモデル1―企業規模の指標として企業の研究開発投資規模のみを利用―では、その係数は0.04と正でまた有意であるが、モデル2―企業の売上げ規模と研究開発投資規模の両方を導入―では、売上げ規模は強く有意であるが企業の研究開発投資規模は有意ではなく、かつ前者は約0.09である)。別の推計によると、特許の価値には企業規模は影響が無く、また特許の利用頻度は企業規模の拡大で低下する。このことは、企業レベルの規模の経済の主たる原因は、大企業の補完的な資産による利益獲得等の優位性であり、企業内の知識フローではないことを示唆する。

第2に、大企業では、内部からの知識と科学技術文献が研究開発の着想源となることが多い。しかしながら、内部からの着想源に強く依存している研究開発のパフォーマンスは高くない。

第3に、大企業で、技術的な多様性が高い企業の発明者のチームは規模が大きい。また大きなチームは高い価値の特許と有意に相関しており、発明者チームの規模が企業レベルの規模の経済の源泉の1つである。

表:プロジェクト・レベルの規模の不経済と企業レベルの規模の経済 (全て対数)
表:プロジェクト・レベルの規模の不経済と企業レベルの規模の経済 (全て対数)

この研究の含意は以下の通りである。企業内の知識ストックは重要ではあるものの、優れた研究開発の知識の源泉にはならないことが多い。組織を超えた知識の新結合を求めることが研究開発において重要である。

大企業の優位性は、研究開発を商業化する能力の方にむしろ存在するが、研究開発面では発明者の社内プールの大きさと多様性も重要である。これを生かして効率的な規模と多様性がある発明者チームを結成する必要がある。内部の知識源を活用する上でも、共同発明者として関与することが重要であることが示唆される。

我々の研究は、大学等との直接のコンタクトに着想源がある研究開発の方が科学技術文献に着想源がある研究開発よりもパフォーマンスが高いことを示している。ただこのことは研究開発成果の文献による開示の社会的な価値が低いことを示すものではない。研究競争によってその社会的な価値が私的な価値に十分には反映されないからである。科学技術文献を重要な知識源とする発明の割合は多い。

参考文献

  • Henderson R. and I. Cockburn, 1996, "Scale, scope, and spillovers: the determinants of research productivity in drug discovery," The Rand Journal of Economics, Vol. 27, Issue 1, pp. 32-59