ノンテクニカルサマリー

正規・非正規雇用と国際貿易:日本企業の事業所レベルデータの分析

執筆者 松浦 寿幸 (慶應義塾大学)
佐藤 仁志 (研究員)
若杉 隆平 (研究主幹)
研究プロジェクト 「国際貿易と企業」研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

1990年代以降、わが国の労働市場では雇用の非正規化が急速に進行した。製造業もその例外ではなく、近年の統計では非正規労働者の割合(非正規比率)は、2001年に23.6%だったのが、2006年には29.4%に上昇している(事業所・企業統計調査)。世界経済危機を契機に、「派遣切り」など非正規労働の雇用の不安定さが浮き彫りになったことを受け、現在、製造業への派遣労働の原則禁止を含む労働者派遣法の見直しが進んでいる。しかし、企業が非正規労働への需要を高める一方、単に非正規労働の一形態である派遣労働を制限したところで、請負など別形態による雇用の非正規化が増える可能性もあり、わが国の労働市場が抱えている正規・非正規労働の二極化問題の根本的な解決にはならないであろう。まず、雇用の非正規化の構造的な要因の分析が必要であろう。

少なくとも製造業については、経済のグローバル化によって、企業は雇用の柔軟性や人件費管理により一層敏感になったといわれるが 、残念ながらその経路からの雇用の非正規化の厳密な検証は非常に少ない。本論文は、企業売上の不確実性と非正規雇用の関係についての理論モデルを提示し、導かれた仮説を工業統計のマイクロデータを用いて検証しようとするものである。

本論文は、まず、売上げの不確実性に直面する企業が、解雇に調整コストが必要な労働(正規雇用)と不必要な労働(非正規雇用)の2種類の労働雇用を最適化するモデルを提示し、次のような理論的帰結を提示した。(1)生産品目数の多い企業は生産品目数の少ない企業に比べ、品目当たりの売上変動を平より平準化することができるので、非正規雇用への需要が相対的に少ない(非正規比率が低い)、(2)貿易コストの低下など国際競争が激化すると、企業は生産品目の数を減らす傾向があり、その結果、品目当たりの売上変動が上昇し、非正規雇用への需要を高める。これらを踏まえ、国際競争と生産品目数、非正規雇用に関する以下の3つの仮説を統計データにより検証した。

  • i) グローバル競争に晒されている企業(すなわち輸出シェアの高い企業)ほど、生産品目を減少させる傾向にある。(推計式(1):輸出シェアの係数はマイナス)
  • ii) 生産品目を減少させている企業では、出荷額成長率の変動が拡大している。(推計式(2):製品数の係数はマイナス)
  • iii) 出荷額成長率の変動が拡大している企業では、非正規雇用者比率が上昇している。(推計式(3):出荷額成長率の変動の係数はプラス)

検証に用いた統計データは、2001年~2007年の経済産業省「工業統計」の個票データをパネル化したものであり、各企業(厳密には事業所)の固有の属性をコントロールした固定効果モデルによる推計を行っている。

推計結果からは、

  • 輸出を開始したばかりの企業(輸出シェアの低い企業)では、生産品目を拡大させる企業も少なくないが、輸出シェアが50%を超えてくると、むしろ生産品目を減少させる傾向にある。
  • 生産品目の減少は、出荷額成長率の変動を拡大させる。この結果は、グローバル化の進展している機械関連製造業でより顕著である。
  • 出荷額成長率の変動を拡大させている、企業は非正規雇用を増加させている。

等の事実が明らかとなった。

正規雇用と非正規雇用の間で雇用調整コストに大きな差があるとき、国際化する企業が非正規雇用者にシフトする傾向にあるとの分析結果は、正規・非正規の二極化問題を解決するための制度設計をする上であらかじめ考慮しておくべき点である。

実証分析の結果
実証分析の結果