ノンテクニカルサマリー

我が国の非正規雇用と経済のグローバル化:製造業に関する分析

執筆者 町北 朋洋 (JETROアジア経済研究所)
佐藤 仁志 (研究員)
研究プロジェクト 「国際貿易と企業」研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

1990年代以降、我が国では雇用の非正規化が急速に進行した。その結果、正規雇用と非正規雇用の格差が問題視されており、製造業への派遣労働の原則禁止を含め派遣労働の規制を強化する方向に向かっている。しかし、非正規労働への需要が存在する一方で単にその一形態である派遣労働を制限したところで、別形態による雇用の非正規化につながる可能性もあり、我が国の労働市場が抱えている問題の根本的な解決には至らないと考えられる。

本論文は、製造業に着目し、経済のグローバル化の進展に伴って企業は非正規労働をより多く用いるようになったという仮説を、事業所・企業統計調査(総務省統計局)、JIPデータベース(RIETI)などの産業レベルのデータを用いて検証した。Saint-Paul (1997)などの正規雇用と非正規雇用の先行研究によれば、企業は、売上の不確実性の前提として、生産性は高いが解雇費用などの調整コストが必要な正規雇用と生産性は劣るが調整コストが不要な非正規雇用の需要を最適化している。つまり、正規雇用は非正規雇用に比べて雇用が安定しているので、労働者に企業や製品に固有のスキルを身につけてもらうには有利であるが、一方、雇入れや解雇に関する調整コストの面で非正規雇用に比べれば不利である。企業は正規雇用、非正規雇用の有利、不利な点をバランスさせて雇用する。

この考えに基づき、本論文は、グローバリゼーションが企業の非正規雇用への需要を高める要因として次の2つの仮説を提示した。第1に、直接投資や海外アウトソーシングは、企業にとっては一義的には国内労働を海外の労働に代替することである。したがって、直接投資や海外アウトソーシングの機会が増えれば、(調整コストの期待値が上昇するため)国内雇用の柔軟性を高めたいと考えるであろう。推計では産業別データを用いるので、直接投資やアウトソーシングを活発に行ってきた産業ほど労働投入に占める非正規雇用の割合(非正規比率)と下請および派遣労働の割合(派遣労働比率)を上昇させる傾向にあることを期待した。第2に、グローバル市場での競争は製品や企業の参入退出をより一層促すと考えられる。これによって、企業は、企業や製品に固有のスキルよりも雇用調整の容易さに重きを置くようになると考えられる。推計では、グローバル市場の売上げ依存を増やしてきた産業ほど非正規比率、派遣労働比率を上昇させる傾向を期待した。

固定効果モデルによる分析の結果、最初の仮説については、統計的に有意に支持される結果が得られた。次の仮説については、説明変数を輸出比率とすると安定的に支持されるが、産業の付加価値の世界シェアなどの代替的な指標では必ずしも安定した結果が得られなかった。一部で当てはまりが良くない点もみられるが、総じて経済のグローバル化は雇用の非正規化を促すことが確認された。また、推計では2004年の労働派遣法の改正の影響は年ダミー変数でコントロールしているが、それを踏まえても経済のグローバル化の影響が無視し得ない大きさであることが分かった。

今後とも我が国のグローバル経済へのより一層の参加が不可欠であることを考えると、この分析結果は、現在、我が国が抱えている労働市場の二極化の問題について本格的な政策対応を早急にとっていくことが重要であることを示唆している。

表

参考文献

  • Saint-Paul, G. (1997): Dual Labor Markets: A Macroeconomic Perspective. MIT Press, Cambridge, Massachusetts.