ノンテクニカルサマリー

住宅価格分布の変遷について

執筆者 大西 立顕 (キヤノングローバル戦略研究所 / 東京大学)
水野 貴之 (筑波大学)
清水 千弘 (麗澤大学)
渡辺 努 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 金融・産業ネットワーク研究会および物価・賃金ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

経済の大きな変動は不動産価格の大きな変動が原因となって生じている。最近の例としては、日本(1980年代後半から1990年代前半)や米国(最近10年間)がある。不動産価格の大きな変動は、バブルの生成とその崩壊によって生じている。不動産価格の変動は、金融機関や企業の経営、個人の資産選択に大きな影響を及ぼすので、バブルか否かを知ることは重要である。また政府や中央銀行の政策運営の観点からもバブルか否かを知ることは重要である。しかし、不動産バブルが起きているかどうかをリアルタイムで知ることは困難といわれている。バブルがはじけてはじめて、それがバブルだったということを認識できるというのが通説である。本研究では、不動産バブルが発生しているか否かを判別するための手法を提案する。

不動産バブルとは、不動産価格がファンダメンタルズ(本来あるべき価格水準)から乖離することと定義されることが多い。そのため、ファンダメンタルズを推計し、実際の価格がそこから乖離しているか否かを調べるというのがバブル検出の伝統的な方法である。しかし、これまでこの作業に成功した事例はない。ファンダメンタルズを精度高く推計することが非常に難しいからである。我々の手法は全く異なる発想に基づく。我々が注目するのは、バブルといえども、すべての価格が一律に上がるのではなく、急速に上がる物件とそうでない物件があるという点である。このため、バブル発生とともに価格の格差(バラツキ)が高まる。たとえば、バブルの歴史で最も有名な例はオランダのチューリップ(の球根)バブルであるが、このときもチューリップの球根の価格がすべて一律に上昇したわけではなく、特別な球根の価格だけが突出して上昇した。価格格差の発生はバブルを定義する特徴(defining characteristic)である。我々の装置では統計的手法を用いてこの価格格差を検出する。

具体的には不動産として住宅をとりあげる。住宅の価格はさまざまな要素を合計したものとみなせる。たとえば、住宅の広さ、どこの沿線か、最寄り駅から何分か、南向きか否かなどさまざまな要素のそれぞれに価格があり、それらを積み上げた結果として住宅の価格が決まっている。これは住宅価格のヘドニック分析の根底にある考え方である。住宅価格がこのようなさまざまな要因の和として決まっているとすれば、住宅価格のクロスセクション分布は対数正規分布に従うはずである。これはたとえば、小学6年生のあるクラスの身長が正規分布に従うのと同じ理由であり、中心極限定理の応用である。つまり、(バブルでない)平常時には住宅価格のクロスセクション分布は対数正規分布に従う。この意味で対数正規分布は重要なベンチマークである。これに対してバブル期には物件間の価格格差が大きくなることに伴い、このベンチマークから乖離する。別な言い方をすると、物件間の価格格差が存在しない地理的な範囲の広さがバブル期には大きくなる。

本稿では、1980年代後半以降、リクルートの週刊住宅情報に掲載された物件の価格データを用いて、各年の住宅価格のクロスセクション分布が実際に対数正規分布に従うか否かを調べた。分析の結果、住宅の面積で適切に調整された住宅価格は多くの年で対数正規分布に従うことが確認された。しかし、80年代後半から90年代初の時期は対数正規分布から統計的に有意に乖離しており、対数正規分布より裾の長いベキ分布(またはパレート分布)に従うことが判明した。これは、バブル期には、物件間の価格裁定の及ぶ範囲が狭くなることによって生じる現象である。

本稿の分析手法を公示地価(東京、住宅地)に適用した結果をみると(図を参照)、公示地価(物件ごとの床面積で調整を施した後の価格)のクロスセクション分布は、(1) バブル前の時期には破線で示した対数正規分布と重なっている、(2) しかし80年代後半から90年代前半のバブル期には破線から大きな乖離を示した、(3) その後、90年代後半以降は再び破線で示した対数正規分布と重なっている、ことがわかる。この結果は、住宅価格や地価のクロスセクション分布を見ることによりバブルの有無を判定できることを示している。

図:公示地価のクロスセクション分布
図:公示地価のクロスセクション分布