ノンテクニカルサマリー

取引銀行の生産性が顧客企業の設備投資行動へ与える影響について:企業-銀行マッチレベルのパネルデータを用いた実証分析

執筆者 宮川 大介 (日本政策投資銀行設備投資研究所)
乾 友彦 (内閣府経済社会総合研究所)
庄司 啓史 (衆議院調査局予算調査室)
研究プロジェクト サービス産業生産性向上に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

2008年末以降の金融危機を含む多数の経験を踏まえ、金融機関のパフォーマンス低下が実物経済へ及ぼす影響について、学術的な観点のみならず、金融規制当局等における実務的な関心も高まっている。しかし、データ面の制約(例:長期にわたる金融機関パフォーマンスデータおよび金融取引関係データの少なさ)を主因として、金融機関のパフォーマンスと実物経済との関連についての実証的な理解は、限られたものに留まっている。

本稿では、こうした問題意識に基づき、第1に、銀行の生産性に関する1つの計測手法を提案する。我々が銀行の生産性として用いた「営業費用一単位当たりのリスク調整後粗利」は、金融サービス業をSNA体系に取り込むことを主目的として、近年議論が進んでいるFISIM生産額(間接的に計測される金融仲介サービス)概念に立脚しつつ、既存文献でFISIM生産額の問題点として指摘されている「計測された生産額がリスク量を勘案していない」との問題へ一定の修正を試みた上で、生産性を計測したものである。第2に、こうして計測された過去30年間に亘る生産性パネルデータへ、企業および銀行の財務情報と両者の取引関係履歴で構成されるユニークなデータを組み合わせる事で、取引銀行の生産性が顧客企業の設備投資行動(設備投資機会に対する設備投資比率の感応度)へ如何なる影響を与えるかという問題を分析している。

得られた結論は、相対的に高いキャッシュフロー制約に直面している企業(注1)について、設備投資機会(Tobin'qの代理変数としてのPrice-to-Book Ratio(注2))に対する設備投資比率(設備投資額÷前期末固定資産)の感応度が、最大貸手の生産性若しくは取引銀行群の平均的な生産性が高い場合において、統計的および経済的に意味のある水準で上昇するというものである。

以下の図では、設備投資機会と取引金融機関生産性の交叉項に係る係数についての、我々の想定を示している。具体的には、縦軸に示された設備投資機会が高く(第三行)、しかしキャッシュフロー制約が強い場合(第二列)において、その交叉項の係数が強く正の値を示すことを予想している。言い換えれば、設備投資機会を所与として、取引金融機関の生産性が高ければ高いほど、高い感応度をもって設備投資が行われる傾向にあることを意味しており、得られた推計結果もこうした予想を支持するものとなっている。この結果は、企業パフォーマンスの決定要因を検討する際に、既存研究で議論されて来たような取引銀行の離散的な属性(例:メインバンクか否か)のみならず、連続的に計測された、より詳細な特性を考慮する必要が有る事を示唆している。

図:設備投資機会と取引金融機関生産性の交叉項に係る係数の想定
図:設備投資機会と取引金融機関生産性の交叉項に係る係数の想定

なお、高い生産性を有する金融機関が、顧客企業の設備投資をより柔軟なものとする事の経済厚生上の評価については、当該企業およびプロジェクトの事後的なパフォーマンス評価を通じて、追加的な検証を行う必要がある。実際に、幾つかの既存研究では、取引金融機関が顧客企業の過剰な設備投資を誘発し、経済全体としての効率性を歪めた可能性がある点も指摘されている。

また、金融機関の生産性が、金融機関と顧客企業間の長期にわたる取引関係を通じた「関係特殊資本」と代替的若しくは補完的な関係に有るのか否かという点も、今後の銀行業が進むべき方向性や金融規制の在り方を検討する上で、重要な論点と考えられる。

脚注

  1. 本稿では、分析対象の各年度におけるキャッシュフローの代理変数であるEBITDA (利払い前・税引き前・減価償却前・その他償却前利益)を、前期末総資産額で割ることで算出される「ROA」の高低に着目することで、キャッシュフロー制約の強弱を判別している。
  2. 本稿では、株式時価総額を簿価ベースの純資産額で割ることで算出される「Price-to-Book Ratio(C_PBR)」を、設備投資機会の代理変数として用いている。