ノンテクニカルサマリー

金融危機の不良資産理論

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

この論文では、Mortgage Backed Securitiesのような金融資産が、それ自体として貨幣の役割を果たす経済を考察し、その経済において金融危機がどのようにモデル化できるか、また、政策的なインプリケーションは何かを検討する。

金融資産の流動性が高い状態とは、当該資産が容易に現金と交換できる状態である。これを一歩進めて、金融資産が現金と同じ役割を果たすことができる状態を、当該資産の流動性が高い状態である、とモデル化することも可能である。ある金融資産が現金と同じ役割を果たすとは、どのような状態なのだろうか。現金の役割は、財と財の交換の媒体(Medium of Exchange)として機能することである。ある人がミカンを売ってコメを買いたいとき、ミカンとコメを交換できればいいが、通常はそのような好都合な交換相手は見つからない。そのためミカンを売って現金を入手し、その現金を別の人に支払ってコメを入手する。このように現金が媒介して、「ミカンを売ってコメを入手する」という取引が実現する。この現金の媒介作用と同じ作用を、金融資産が果たしているならば、その金融資産は流動性が高い、とみなすことができる。

このモデルでは、流動性の高い金融資産は、企業の運転資本としても機能している。ここで、「金融危機は、この流動性の高い金融資産の市場に、不良資産が紛れ込むことである」とモデル化することができる。この金融資産について、どの資産が不良資産であるか、市場参加者には知ることができないため、この金融資産を支払い手段として受け取る市場参加者はいなくなってしまう。これはアカロフのレモン市場の問題とまったく同じメカニズムである。結果的に、この金融資産の価格がつかなくなり、価値がゼロになる。すると、この資産によって運転資本の支払いをしていた企業は、運転資本の支払いができなくなり、雇用を圧縮せざるを得なくなる。結果として生産量が減少し、Labor wedgeが悪化することとなるわけである。

金融資産が貨幣と同等の役割を果たす、という単純化したモデルの構造を採用したために、政策の分析が容易になる。このモデルを使った政策分析によれば、金融緩和も財政拡大も、Lucas批判を免れることはできない。すなわち、国民が合理的に未来を予想するという前提のもとでは、金融緩和も財政拡大も、景気を浮揚する効果はまったくないか、もしくは、ごく一時的なものにとどまることが示される。一方、過剰債務の抜本的な処理によって不良資産を市場から除去する政策は、レモン市場の問題を解消することになるので、恒久的な経済改善効果を持つことになる。

金融危機に関する研究の発展としては、金融危機の再発を防止するための金融政策ルールはどうあるべきなのか、また、多国間で不良資産処理を同時に進めるためにはどのような政策協調スキームが望ましいのか、といったテーマが考えられる。

この論文は金融危機を非常に単純化したモデルで記述するものであるため、金融危機の本質的な性質であるにもかかわらず捨象された部分が数多くあると思われる。金融危機のモデルとして、この論文のモデルとそれ以外の代替的なモデルとを考察し比較しつつ、政策研究の課題について検討を進める必要がある。