ノンテクニカルサマリー

開放経済下における排出権取引の分析

執筆者 石川 城太 (ファカルティフェロー)/清野 一治 (早稲田大学)/蓬田 守弘 (上智大学)
研究プロジェクト 地球温暖化対策の開放経済下における理論的検討
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

京都議定書の約束期限を来年に控え、今後地球温暖化ガスの排出をどのようにコントロールしていくかという「ポスト京都議定書」を巡る議論が活発になってきている。京都議定書の大きな問題点は、多くの先進国(北)は地球温暖化ガスの排出削減にコミットしたものの、途上国(南)は地球温暖化ガスの排出に関して何の制約も課されていないという点である。ポスト京都議定書を巡る議論の中では、途上国の排出削減も大きなテーマとなる。そのための手段として有効と言われているのが、京都議定書で認められた排出権取引である。しかし、その経済学的分析はまだ不十分であると言わざるをえない。とくに、南北間での排出権取引の分析には開放経済の枠組みが必要不可欠であるが、そのような枠組みで経済理論的分析を行った研究はきわめて少ない。本論文の目的は、排出権取引の導入が経済にどのような影響を及ぼすかを2国2財一般均衡モデルを用いて理論的に分析することにある。とくに、2国を先進国(北)と途上国(南)とし、財の自由貿易下では、北が生産において温暖化ガスを集約的に排出する財(たとえば工業製品)に比較優位を持つような状況を想定する。まず、北でのみ国内排出権取引が導入される状況、次に南でも国内排出権取引が導入される状況、そして最後に両国間で排出権取引が導入される状況を順を追って考察する。北でのみ国内排出権取引が導入される状況は京都議定書の状況に対応し、残りの2つの状況は今後国際的な排出権取引が導入される際に進むと考えられるシナリオに沿ったものである。分析の結果、北でのみ国内排出権取引が導入される状況では、北の排出量は減っても南の排出量が増える可能性、すなわち炭素リーケージの可能性が生じることが分かる。とくに、この炭素リーケージによって、世界全体の排出量が反って増えてしまうこともある。したがって、北のみで国内排出権取引を導入するという状況は極力避けるべきであり、とくに地球全体としての温暖化ガス排出量を削減したいのであれば、南にも何らかの排出規制を課す必要がある。また、財貿易の交易条件効果を考慮すると、北には世界全体の排出量を増やしてしまうような排出権取引をあえて導入してしまう可能性もあり、十分な注意が必要である。なお、北での排出権取引の導入は、南の厚生を下げてしまう可能性がある。南でも排出権取引が導入されると交易条件効果を通じて今度は北の厚生を下げる可能性がある。両国間で排出権取引が開始されると、北が南の排出権を輸入することになり、北での排出が増えて南での排出が減る。排出権自体の2国間貿易によって世界全体の生産の効率性は上がるものの、やはり財貿易の交易条件効果によってどちらか片方の国が損失を被る可能性がある。したがって、排出権取引を設計する場合には、それが財貿易にどのような効果を及ぼすかを見極めながら行うことが極めて重要である。

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