ノンテクニカルサマリー

日本の発明者サーベイによる片方ライセンスとクロス・ライセンスの分析:不確実性、レントの消耗及び特許の束のライセンスへの影響

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

ライセンスは、イノベーション過程において重要な役割を果たす。ライセンスによって研究開発の収益が高まり、また重複を防いで研究開発の効率性も高めることができる。特許の藪が重要になっている分野では、補完的な特許群を組み合わせるためにライセンスは必須の手段である。知的財産制度の強化が経済効率を高めるかどうかにも、それがライセンスを促進するかどうかに大きく依存している。企業経営の観点からも「オープン・イノベーション」にライセンスが必須条件であることは言うまでも無い。

したがって、ライセンスがどのように広範に行われているか、それへの制約が何であるかの実証研究は非常に重要であるが、ライセンス、およびその対象である特許発明の特性についての詳細なデータが欠落していたことが従来の研究への重要な制約となっていた。欧州の2007年の発明者サーベイによる最近の研究(Gambardella, Giuri and Luzzi (2007))は、価値の高い発明ほどライセンスされる傾向があることに加えて、企業がライセンスして良いと考えている発明でも実際には高い割合でライセンスされていないこと等を見いだした。本研究は、経済産業研究所の2007年の発明者サーベイによって、このようなギャップの原因を分析すると共に(日本では企業がライセンス可能と考えている発明の半分しかライセンスがされていない)(注1)、ライセンスへの制約としてレントの消耗(rent dissipation)が如何に重要であるか、更に片方ライセンスとクロス・ライセンスの決定要因の差を分析している。その際、日本の発明者サーベイによる企業の単独出願特許約4000を対象にしている。その中の7割が、3極出願特許(米国で登録、日本と欧州特許庁に出願)である。なお、日米のライセンスの記述統計による比較はNagaoka and Walsh (2009)で行っている。

以下の4点が主要な分析結果である。本稿の理論モデルの予測と整合的に、ライセンス価値の不確実性は、ライセンス可能性を一定としてライセンスへの意欲を高める。このような効果は、上流(基礎研究)の発明において、ライセンスして良いという発明の割合と実際にライセンス対象となった発明の割合に大きな差があることの大きな部分を説明する。この点は、以下の図からも推測される。基礎研究からの発明は、開発研究からの発明に比較して、現実にライセンスされる比率はかなり低いが(19%対14%)、発明者がライセンスをして良いと考えている発明の割合はほぼ等しい(38%と36%)。

第2に、企業は質の高い特許のライセンスにより高い意欲をもっており、またライセンス可能とされた特許の中でも質の高い発明の方が実際にライセンスされる確率は高い。ここで特許の質は、発明者が当該発明の商業化における先行優位の確保をどの程度重要と考えているか(発明の質)、3極出願特許であるかどうか等を指標として使っている。第3に、先行優位性が重要な特許ほど企業のライセンスへの意欲が高く、そのような効果は企業が自社実施をしている場合にも低くならない。このことはライセンスによるレントの消耗効果はライセンス契約によってかなり回避されているか、技術市場での競争によってレント自体が小さいことを示唆している。

第4に、補完的な特許の束の規模が大きくなるとクロス・ライセンスが促され、一方的なライセンスは減少する傾向にあり、前者の効果が次第に重要となる。またライセンサーのコア・ビジネスにかかる発明がよりクロス・ライセンスの対象になりやすい。

本研究の政策的な含意は以下の3点である。企業がライセンスして良いと考えている発明の約半分しかライセンスされていないことは、技術市場が健全に機能していることを反映している側面があるといって良い。イノベーションの過程は不確実性が高く、特に基礎研究からの上流発明にはそれが当てはまる。そのような発明の商業化には外部組織が重要な役割を果たすかも知れない。したがって、実際にライセンスされる確率が低くても、研究開発を行った企業のそのような発明のライセンスを試みる意欲は高く、その結果、上流発明がイノベーションに結びつく可能性は高まる。

しかし、同時に、ライセンス市場の失敗の可能性も存在する。発明への需要の理解が不十分であるために、企業がライセンスを積極的に検討しない可能性はある。同時に潜在的なライセンシーは発明の用途についてのアイデアを盗まれないために、発明への需要情報を開示しないかも知れない。ライセンサーがあらかじめライセンス条件にコミットする仕組みを整備することがこうした問題の解決に資する可能性がある。

第2に、レントの消耗は潜在的には重要であるが、現実にはライセンス契約によってかなり回避されているか、あるいは技術市場での競争によってレント自体が小さいことを示唆している。どちらのメカニズムがどのように重要であるかの原因の研究が、今後重要である。また、ライセンス市場を拡大する上で重要なのは、いずれにしても、特許の質(あるいは発明の質)の向上である。第3に、クロス・ライセンスと片方ライセンスでは、その決定要因に大きな差があり、分析上も経営上も異なった扱いが必要である。

図:特許発明のタイプとライセンス率(%)
図:特許発明のタイプとライセンス率(%)

脚注

  1. 米国ではその割合は更に低い。

参考文献

  1. Gambardella Alfonso, Paola Giuri, Alessandra Luzzi, 2007, "The market for patents in Europe," Research Policy 36 (2007) 1163-1183
  2. Nagaoka Sadao and John P. Walsh, 2009, "Commercialization and other uses of patents in Japan and the US: Major findings from the RIETI-Georgia Tech inventor survey," RIETI Discussion Papers, 09-E-011