ノンテクニカルサマリー

地域間経済格差について:実質賃金・幸福度

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

「地域間格差」の是正は、しばしば重要な政策論議となる。一方、人口や経済規模の大きい大都市や特定の産業が集積した地域ほど生産性や賃金が高いという「集積の経済性」が存在することは、多くの実証研究で確認されている。集積の経済性が大きいとすれば、それを人為的に分散し、集積地への企業や人口の移動を阻害することは、国全体としての効率性を損なうことになる。人口が減少していく中にあって、空間的な選択と集中が日本全体の経済パフォーマンスの維持・向上にとっては望ましい。先般の「新成長戦略」では、これまでの地域振興策は選択と集中の視点に欠けていたと指摘されている。

制度的・社会的な要因により人々の地理的な移動が自由でないとすれば、地域間格差の是正・解消という公平性の改善を目的とした政策と国全体の経済成長という効率性の向上のための政策とがトレードオフとなる可能性が生じる。ただし、公平性の議論に当たって、所得や賃金を地域間で適切に比較するためには、多くの論者が指摘している通り、(1)地域による労働者等の属性の違い、(2)地域による生計費(物価水準)の違いを考慮する必要がある。また、最近の幸福度に関する研究の中には、人口が多く所得水準の高い地域で幸福度がむしろ低いことを示すものがある。こうした状況を踏まえ、本稿は、日本の地域間経済格差について、公平性の観点から実質賃金および幸福度に関する観察事実を整理したものである。

分析結果のポイント

1.個人レベルでの賃金の対数分散のうち都道府県間格差で説明される部分は1割に満たず、大部分は都道府県内の賃金格差である。

2.賃金水準の高い関東と低い東北や九州の間での名目賃金格差のうち7~8割は観測可能な個人特性および事業所特性並びに物価水準の違いで説明可能である(図1参照)。市区町村人口密度と賃金の正の関係のうち約半分は労働者特性・事業所特性で説明され、残る半分のうち1/3~1/2は物価水準の違いで説明される。通勤時間や所得税制の効果を考慮すると残る賃金格差はさらに小さくなると見られる。

図1:地域間賃金格差の要因分解
図1:地域間賃金格差の要因分解

3.都道府県別最低賃金を地域の物価水準で補正して実質化すると、東京は最も実質最低賃金が低く、三重県や岐阜県の実質最低賃金が高い。

4.個人の幸福度に対して所得水準は重要な影響を持っているが、都道府県別、都市規模別に見た地域間での幸福度の違いに対する所得水準の影響は限定的である(図2参照)。地域の幸福度に対しては地域固有の自然的・社会的諸要因(アメニティ、ソーシャル・キャピタル等)の影響が大きいと考えられる。

図2:都市規模と幸福度(個人属性調整後)
図2:都市規模と幸福度(個人属性調整後)

インプリケーション

ここでの観察事実は、所得や幸福度の公平性という観点からは、個人ないし世帯をターゲットにして政策を講じるべきであり、「地域」を単位に分配政策を考えることは適当ではないことを意味している。また、所得税制、社会保障給付等において、全国一律の金額による制度設計が実質ベースの所得分配に影響する。なお、名目最低賃金の水準が地域によって異なる日本や米国の仕組みには合理性があると考えられる。