ノンテクニカルサマリー

垂直的な共同研究開発の所有構造と生産性

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

多様な知識と能力を必要とされる複雑な研究開発を競争的に実施するためには研究開発への組織をまたがった協力が、重要な手段である。経済産業研究所が行った発明者サーベイによれば、日米とも1割を上回る発明において外部組織の発明者が研究開発に参加しており、中でも垂直的な共同研究開発が重要である。共同研究開発において、日本では多くの場合、得られた特許は共同所有となっており、特にユーザーとの共同研究開発でその傾向が特に強い(以下の図を参照)。本論文では、このような共同所有の決定要因、共同発明の研究開発成果への貢献、両者の整合性および共同所有特許の第三者へのライセンス頻度を所有権理論の分析枠組みを利用しつつ、実証的に分析している。共同研究開発に参加する発明者が行う研究開発努力やその成果を共同研究契約にあらかじめ規定することは困難であり、契約は不完備とならざるを得ない。したがって、研究開発の成果である特許権の配分の在り方(単独所有か共同所有か) が外部機関からの発明者の参加誘因に重要な影響を与えると考えられる。また、日本の特許法の規定では、特約がなければ、ライセンスには所有者全ての許可が必要であるが、もしライセンサーの探索に契約可能ではない努力が重要であれば、共同所有特許はライセンスされにくい傾向をもたらす可能性もあり、これも分析課題とする。

経済産業研究所の発明者サーベイを利用した、サプライヤーあるいはユーザーとの垂直的な共同研究開発についての実証分析によって以下が明らかになった。

  1. サプライヤーからの共同発明者の参加は、研究開発の生産性を有意に高める(プロジェクトからの特許数には影響はないが、特許の経済的な価値を有意に高め、それが実施される確率も高める)。また、これと整合的に、研究開発プロジェクト着想へのサプライヤーからの貢献、サプライヤーからの資金貢献をコントロールしても、サプライヤーからの共同発明者の参加は、その成果の特許権へのサプライヤーとの共同所有の可能性を著しく高める。
  2. 他方で、ユーザーからの共同発明者の参加は、サプライヤーからの共同発明者と比較して研究開発の生産性を高める効果は大幅に小さい。しかし、サプライヤーからの共同発明者の場合と比較しても特許権の共同所有の可能性を、逆に大幅に高める。ユーザーの方がより多くの特許権を組み合わせて利用する必要性があることが、このようなユーザーとサプライヤーの差の原因として重要である可能性があるが、今後の研究が必要である。
  3. 垂直的に共同所有されている特許は、共同所有がライセンスを一部代替する効果があるにもかかわらず、そうでない特許と比較して、ライセンスがされにくい事実はない。

垂直連携の類型と共同所有の頻度(%)
垂直連携の類型と共同所有の頻度(%)

研究の含意は以下の通りである。特許権の共同所有の問題は、ライセンスなど事後的な特許権の活用の文脈で議論されることが多いが、Hart(1995)等の所有権理論が指摘するように、事前の投資誘因を高めるように所有権が設定されるかどうかが非常に重要である。本論文の結果(特許のサプライヤーによる共有にはサプライヤーからの発明者の生産性効果の裏打ちがある)は、そうした見方と整合的であることを示している。他方で、ユーザーとの共同所有には生産性効果が明確ではないが、その原因については、ユーザーの方が特許権を集積する必要性が高いこと、サプライヤーの方が資金制約に陥る可能性が高い等いくつかの仮説が考えられるが、今後の解明が必要である。

また、本論文では、垂直的に共同所有されている特許権がライセンスされにくい事実はないことを示している。ただ、このことは共同所有が常に効率的であることを意味しているものではない。たとえば、研究開発の時点では共同研究が重要でも、発明の実施段階では単独実施が重要である場合には、共同持ち分の事後的移転が重要である。事前に合意した価格で共同持ち分の買い取りができるオプション契約など柔軟な所有構造の設計によって、研究開発への事前の誘因と商業化への事後の誘因の両方を確保することが重要である。

参考文献

  1. Hart, O., (1995), Firms, Contracts and Financial Structure, Oxford University Press (鳥居 昭夫訳、(2010)『企業 契約 金融構造』慶應義塾大学出版会)