ノンテクニカルサマリー

WTOにおける内国民待遇についての実証分析:わが国の酒税法をめぐる1996年のWTO勧告について

執筆者 大橋 弘 (ファカルティフェロー)/中島 賢太郎 (一橋大学)/土居 直史 (RIETIリサーチアシスタント / 東京大学)
研究プロジェクト 貿易政策と企業行動の実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

国内市場における輸入品と国産品との差別を禁じる内国民待遇は、最恵国待遇と並びWTOにおける無差別原則の大きな柱である。しかしながら、内国民待遇の適用に際しては、加盟国の国内法規に対する変更を迫る場合も多々あるため、その適用範囲や運用方法を含めて慎重な検討が必要とされるところである。内国民待遇は、GATT第3条において国内製品と「直接競争的または代替可能産品(directly competitive or substitute products)」に対して適用するとされる。しかし、WTOでは「直接競争的または代替可能産品」をどのように認定するかについて、これまでのところ明確な判断方法が確立されていない。

本稿は、内国民待遇の原則を適用する際に重要な基準となる、国内製品との「直接競争的または代替可能産品」の判別方法について、経済学の知見を活用した分析手法を提案する。またその手法を過去のわが国におけるWTO紛争事例に適用して、当該事例の事後的な評価を行った。本稿で取り上げる紛争事例は、日本の酒税に関する1996年のWTO勧告に係るものである。この事例におけるWTO勧告では、焼酎と他の蒸留酒(ウイスキー等)が「直接競争的または代替可能産品」であり、それらの間の税額に差異が存在することが内国民待遇の違反であると結論づけられた。この勧告を踏まえ、わが国は2000年にWTO勧告に沿った酒税改正を完了している。

本稿では、まず焼酎が他の蒸留酒(ウイスキー等)と「直接競争的または代替可能産品」であるか否かについて分析を行う。産業組織などの分野で用いられる市場画定の考え方を用いて、焼酎が他の蒸留酒と同じ市場に属するか否かをSSNIPテストとよばれる手法を用いて明らかにした。1994年から2002年までのデータを用いた分析では、焼酎と他の蒸留酒とは同じ市場にて競合していた状況が定量的に明らかとなった。合わせて需要関数の特定化および推定作業を行い、社会余剰の観点からわが国の酒類に対する最適な課税税率を分析する。分析結果から、WTO勧告に基づいたわが国酒税の税率変更は、それ以前の税率と比較して、最適課税税率へと近づける方向での改定がなされたことが分かった。なお本稿では、WTO勧告を支持する結果を得たが、事例によってはWTO勧告とは異なる結論も導き出されうる点にも注意が必要である。

本稿では「直接競争的または代替可能産品(directly competitive or substitute products)」を満たすための基準を内国民待遇の原則の観点から議論をしたが、この基準は相殺関税や緊急輸入制限措置(いわゆるセーフガード)など特殊関税の発動についても依拠されるものであり、本稿で用いた手法の適用範囲は広い。これまで「直接競争的または代替可能産品(directly competitive or substitute products)」を満たすための基準については、物性的に似たような特性を共有するか否かが暗黙の判断基準とされてきたきらいがあるが、経済学的な考え方に依拠すれば、需要側の視点からの「市場」をどのように画定するかが重要な要素となる。こうした点については、アメリカのハーレー・ダビットソンを守るための対日緊急輸入制限措置についての分析(RIETI Discussion Paper Series 07-E-026)でも強調されたが、本稿の分析により内国民待遇の原則を考える上でも重要な視点であることが改めて明らかとなった。