ノンテクニカルサマリー

「輸出の学習効果」の解明:海外知識の吸収による役割

執筆者 八代 尚光 (コンサルティングフェロー)/平野 大昌 (京都大学経済研究所先端政策分析研究センター)
研究プロジェクト 企業活動の国際化と国際競争力に関する調査研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

輸出を行う企業は、国内市場に留まる企業に対し、海外市場の追加的需要を獲得するだけでなく、先端的な海外技術の知識の吸収や洗練された海外消費者の要求への対応等を通じて、技術や品質水準の向上、新製品の開発といったイノベーションを実現すると考えられる。こうしたプロセスは「輸出の学習効果」と呼ばれ、東南アジア諸国で観察された輸出主導型の経済発展を、輸出の具体的主体である企業のレベルで説明する要素となりうる。もし輸出がこうした学習効果をもたらす場合、輸出企業は国内企業に対して高い生産性の上昇を実現するはずである。しかし実際には先行研究では、輸出への参入と生産性の改善との間にこうした有意な関係は検証されないことも多く、研究者の間では「輸出の学習効果」の存在に対して懐疑的な見方が少なくない。もし学習効果が全く存在しないのであれば、中小企業の輸出への参入を政策的に支援することが中小企業の事後的な発展をもたらす可能性は低いことになる。

「輸出の学習効果」の本質は、企業が輸出を通じて海外市場から知識のスピルオーバーを吸収し、その研究開発活動にフィードバックするプロセスだと考えることができる。したがって、「輸出の学習効果」は輸出に参入すれば自動的に実現するものではなく、海外知識を吸収するために必要な情報収集と研究開発という2つの活動に大きく依存する。他方、通常の企業統計では情報収集活動の実態を把握することは困難であるため、先行研究ではこうした活動の有無を勘案した検証は行われてこなかった。この研究は、中小企業庁(三菱UFJリサーチ&コンサルに委託)が2009年12月に製造業、サービス業に属する企業1万8000社を対象に実施した特殊なアンケート調査の個票データを用いて、海外市場からの情報収集とR&D活動が輸出企業のイノベーションにもたらす寄与を明示的に検証した。下図が示す通り、輸出参入の結果として技術や品質の向上、新製品の開発、知的財産権の取得という3つのタイプのイノベーションを実現したと回答した企業の割合は、海外市場での情報収集とR&Dを行った企業が最も高く、両方とも行わなかった企業においては10%もない。

図:輸出の結果としてイノベーションを実現したと回答した企業の割合
図:輸出の結果としてイノベーションを実現したと回答した企業の割合

より多くの要素を考慮した計量分析からは、海外知識の収集活動は輸出企業のイノベーションの成功確率を13%から16%引き上げるという結果を得た。また、海外市場における情報収集の内容を掘り下げたところ、イノベーションの実現に本質的に寄与しているのは現地における先端技術や製品に関する情報の獲得であることが分かった。他方、最終財を輸出する企業の新製品開発には現地市場の嗜好やニーズに関する情報の獲得も寄与するなど、国際マーケティング活動も貢献している。

我々の研究結果は、中小企業が海外進出を通じて成長するためには、現地市場における積極的な情報収集活動と熱心な研究開発努力が必要であることを示すものであり、同時に海外進出に注力している現在の国際化支援施策に対して、海外進出後の企業努力に対する支援の重要性を示唆する。