ノンテクニカルサマリー

ミクロ計量分析の応用によるサービス産業の生産性の計測:美容院のケース

執筆者 小西 葉子 (研究員)/西山 慶彦 (京都大学経済研究所)
研究プロジェクト サービス産業のパフォーマンスに関するマイクロ計量分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

わが国のサービス業の生産性は製造業と比較して低く、それが成長の足かせになっていると指摘されて久しい。しかし感覚として、「日本のレストラン、スーパーマーケット、ホテルはそんなに生産性が低いのか?」、「非効率なのか?」と疑問であるし、海外と比較して「サービスや商品のクオリティやバラエティは世界の中でもトップクラスじゃないか?」と感じることも多いだろう。この種の違和感について解決していくことが筆者が取り組んでいる本プロジェクトの目的の1つである。

そもそも長年、生産性計測は製造業中心に研究が進んでおり、その他の産業についても同じ手法を用いて計測されることが多い。しかし製造業と同じ指標を使える業種と、新たな指標が必要な産業が存在する。その1つが、物を作らないサービス業で、サービスは提供(生産)と同時に消費され、企業の提供量は、提供可能量(キャパシティ)と需要(客数)のうち小さい方で決定される。つまり、同じ店舗を人口集中部に開くか過疎地に開くか、好景気か不景気かによって総生産(提供)量は異なる。また技術水準は全く変わっていなくても、人気が落ちたり、客単価を下げたりすれば、計測される生産性は低くなる(逆も同様)。つまり、サービス産業に対して既存の手法により生産性を計測し、生産性の下降が観察された際、その原因が(1)技術力の後退によるものか、(2)需要の縮小によるものかを識別することができない。これでは、本来は需要刺激政策をとるべきなのに、生産側を補助するという逆の政策をとってしまいかねない。この計測された生産性に含まれる需要要因を除去する問題は、製造業にも存在するが、サービス業ではより深刻であることがわかる。

本分析では、第一歩として対個人サービス業を対象とし、レストラン、各種美容産業、マッサージ、カウンセリング、クリニック、各種交通機関などへの応用を視野に入れている。その際、他業種と比較して、サービスの種類と業態がシンプルな美容院を例にとり、(1)業種固有の生産・需要供給行動を反映したモデルを構築し、需要増減の影響を受けない生産性を計測するとともに、(2)マイクロデータ(最小単位)でそれを計測することを目的としている。具体的には、美容院の創造する付加価値を、来店した顧客が来る前よりも髪に関して見栄えがよくなることとした。そして、サービスの質と所要時間によって、顧客の満足度と美容師の技術力を同時にモデル化し、各従業員の生産性と能力(キャパシティ)の経時的変化を観察した。この手法は、サービス提供量の決定に消費者の数が影響する産業に応用可能である。

本分析の結果、明らかになった点は以下の通りである。

  • 各個人は経験年数の蓄積に伴い、生産提供量(キャパシティ)を増加させている。
  • 入店時と比較し、各個人の生産性は上昇している(図1参照)。
  • 分析期間において、総顧客数や来店数は緩やかに減少している。これは、本分析での生産性・キャパシティの上昇が需要増加によるものでないことを示す(図2参照)。
  • 本結果は、業態やサービスの種類をより反映し、マイクロデータによる生産性の計測が、産業で集計された生産性では観察できない新たな発見を与えることを示唆する。
図1:美容師Aの生産性(%)
図1:美容師Aの生産性(%)
図2:総顧客数と総施術数の推移
図2:総顧客数と総施術数の推移