ノンテクニカルサマリー

日本における製品転換と企業パフォーマンス

執筆者 川上 淳之 (経済産業研究所リサーチアシスタント / 学習院大学経済経営研究所)/宮川 努 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 産業・企業の生産性と日本の経済成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済学では、長らく代表的な家計や企業を想定し、その時間を通じた最適化行動を通して、マクロ変数間の関係や経済政策が家計行動や企業行動に与える影響を分析してきた。しかしながら、現実の経済では多様な家計や企業が存在している。特に企業面に焦点をあてると、規模や生産性の異なる企業が併存しており、このような状況がマクロ経済全体の動向に影響を与えているという考え方が広がってきた。こうした異質な企業の存在が経済にどのような影響をもたらすかという理論が、1990年代から開発されるようになり、同時に企業レベルのデータを利用した実証分析も盛んに行われるようになった。

特に生産性分析の分野では、生産性の高い企業が市場に参入し、生産性の低い企業が市場から退出することにより経済全体の生産性の向上が図られているという考え方が広がり、これを企業レベルのデータを使って実証的に検討する動きが盛んとなった。日本でも、Nishimura, Nakajima, and Kiyota (2005)やFukao and Kwon (2006)が、「企業活動基本調査」の個票を利用して、こうした企業の参入、退出が産業および経済全体の生産性動向にどのような影響を及ぼすかを検証している。しかし、日本では参入、退出行動よりも既存企業の生産性が、産業や経済全体の生産性動向を大きく左右している。確かに時系列的に見ても、日本の開業率は低下傾向にあり、経済全体の生産性への寄与は小さくなっていると想定される。

こうしたことから、本論文ではむしろ既存企業が、どのようにして産業や経済全体の生産性動向を左右しているのかという点に着目した。その際に参考になるのは、Bernard, Redding and Schott (2010)による既存企業の製品転換の分析である。彼らは、米国の「工業センサス」を利用して企業-製品レベルのデータベースを作り上げ、個々の企業がどのように製品選択をしているかを、独自の理論モデルをベースにして実証分析を行った。

本論文も彼らの研究にならって、「工業統計表」の「品目編」と「産業編」の個票から、企業-製品ベースのデータを構築し、これをもとに、日本の製品転換の実態とその要因、そして製品転換が企業パフォーマンスに及ぼす効果を検証した。本論文の分析で解明されたことは次の3点である。

(1)複数製品を生産している企業は、単品生産の企業よりも生産、雇用、生産性の面でパフォーマンスが良い。これは製品転換を積極的に行っている企業にもあてはまることである。
(2)製造業の生産の動きは、企業の参入・退出や既存企業の既存製品の生産動向よりも、既存企業の製品構成の変化による変動の方がより大きな影響を与えている。下の表からもわかるように、企業の製品構成の変化による生産量の増加は、全体の生産量の変化の2倍超に達している。
(3)こうした企業の製品構成は、規制の少ない産業ほど活発化している。

図:出荷変動の要因分解
図:出荷変動の要因分解
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これまでの日本経済の経験は、これらの結論をサポートしていると考えられる。実際長い歴史を経て生き延びてきた企業は、次代の節目ごとに革新的製品を生み出し、業態を変化させて生き延びてきた。自動織機から自動車の製造へ転換したトヨタ、カメラから事務用機器に主力製品を移したキヤノン、繊維産業から化学産業へと変貌した東レしかりである。

こうした日本企業の経験と実態は、生産性向上のための政策を考える上でも重要である。これまで、日本では新規企業の育成策が続けられてきたが、すでに述べたようにこうした政策が日本の開業率を高め生産性の向上に寄与してきたとは言い難い。むしろこうした政策よりも日本では、既存企業の新規分野への進出や新製品の創出を支援する政策に重点を高める方が、これまでの日本経済の経験とも違和感がなく効率的なのではないだろうか。残念ながら我々の分析では、最近になって現状維持に止まり製品転換を避ける企業の割合が高まっている。企業が既存製品の生産を海外へ移転させる今日、日本で雇用を増やし生産性を高めるには、企業が国内で新規事業を行える環境を整備することである。このためには我々の分析から導かれたように、規制の緩和を進めるとともに、新規事業を起こしやすい税制の整備や資金的なサポートを増やす必要がある。