ノンテクニカルサマリー

返済の強制と情報優位:企業間信用の決定要因に関する実証分析

執筆者 内田 浩史 (神戸大学)/植杉 威一郎 (上席研究員)/布袋 正樹 (財務総合政策研究所)
研究プロジェクト 金融・産業ネットワーク研究会および物価・賃金ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

商取引においては、納品してから一定期間後に支払いを行う掛払いが一般的であり、企業間信用と呼ばれている。2008年秋以降の世界的な金融危機に伴い、金融機関の財務悪化による信用収縮が実体経済に大きな影響を持つことが再認識される中、金融機関貸出の代替的な手段ともされる企業間信用への注目度は意外にも低い。本論文は、こうした中で企業間信用を分析対象とし、経済産業研究所が実施したアンケート調査の個票データに基づき、買い手企業と売り手企業両方の情報を用いて、企業間信用の決定要因に関する仮説を幅広く検証した。

分析結果の要点とその含意

  • 差別化された(汎用品でない)財を取引する場合には手形が用いられる可能性が高い。これは、差別化された財が本来の用途以外に流用されにくくモラルハザードが起こりにくい(買い手が確実に代金の支払いを行う可能性が高い)ため、売り手企業が手形の利用を認めているものと解釈できる。
  • 買い手企業の支払いを確実にするための手段としては、買い手による担保の提供、早期支払に対する割引や遅延支払に対する割増の取り決めも存在する。分析結果によると、これらの取り決めは、差別化された(汎用品でない)財の取引の代わりに、買い手企業のモラルハザードを抑制し、効率的な資金供給を可能にしていると考えられる。
  • 日本では、印紙代や管理コストの高さを理由として、手形残高が減少している(下図)。アンケート調査によると、金融危機後も手形利用の減少が続いている。この結果、モラルハザードの可能性が低く効率的な資金運用を行う企業への与信も減少している可能性がある。モラルハザードを抑制する仕組みを備えている企業間信用の特質を生かすためにも、企業間信用のやり取りに係る費用の低減が求められ、この点で電子手形の導入は大きな意味を持つ。
図:手形が企業間信用に占める比率の推移(法人企業統計年報)
図:手形が企業間信用に占める比率の推移
  • 企業間の取引が長いほど、期間の長い企業間信用(手形)が用いられる可能性が高い。取引期間の長い売り手ほど買い手に関する情報を多く有し、企業間の情報の非対称度合いが小さいために企業間信用が用いられやすいと考えられる。
  • ただし、アンケート調査は、売り手企業よりも金融機関が、買い手に関する情報を多く持っていることを示している(下表)。企業間信用は金融機関から十分な借入れが得られない場合に用いられると考えられ、金融機関による信用収縮を補う役割も期待されるが、その理由は、売り手企業が金融機関よりも優れた情報を持っていてリレーションシップ貸出をより適切に行えるからというものではないようである。
表:企業の数字に表れない強みを知っている程度(RIETIアンケート調査、2008年2月)
よく知っている やや知っている 普通 あまり知らない 知らない
借入額1位金融機関 46.7% 22.8% 20.9% 7.1% 2.5%
同2位金融機関 36.1% 24.6% 25.0% 10.4% 4.0%
主要な売り手企業 29.1% 23.5% 31.0% 9.6% 6.7%
  • 買い手(売り手)企業の規模が小さい(大きい)と、企業間信用が用いられる可能性が低い。企業間の支払条件は、規模などに示される企業間の力関係に大きく影響される。
  • 一般に、小規模企業では企業間信用に限らず資金調達手段が限られている。企業間信用に係る政策対応の必要性については、これら小規模企業において、企業間信用による資金繰りが他の手段よりも特に難しいかどうか、企業間信用による資金繰りが傾向的に難しくなっているかどうかを検証した上で判断するべきと考えられる。