ノンテクニカルサマリー

生産性、マークアップ、規模の経済性、景気変動:日本企業のパネル・データによる分析

執筆者 清田 耕造 (横浜国立大学)
研究プロジェクト 産業・企業の生産性と日本の経済成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識

企業活動を見る上で重要とされている経済指標に、生産性とマークアップがある。生産性とは、企業の効率性を見るための指標である。いかに少ない投入の下で、大きな産出を実現しているかをみるためのものだ。一方、マークアップとは価格のうちコストに上乗せ(mark up)された利潤部分のことである。価格支配力がどれだけあるかをみるためのものだ。この生産性とマークアップという指標は、実は景気変動と密接な関係があることが知られている。

これまでの研究は、生産性と景気変動の間に正の相関があることを確認している。すなわち、景気が良いときには生産性も上昇し、逆に景気が悪ければ生産性も低下する。一方、マークアップと景気変動の間にも、日本をはじめとする多くの国で、正の相関が確認されている(ただし、米国では負の相関が確認されている)。つまり、景気が良いときには価格に上乗せされる利潤が大きくなり、逆に景気が悪くなれば、価格に上乗せされる利潤部分は小さくなる。これらの先行研究の結果を大胆に要約すると、日本を含む多くの国では、生産性もマークアップも、景気変動と正の相関があることになる。しかし、以下に述べるように、これまでの先行研究では重要な点が見落とされていた。

生産性と景気変動に注目した研究では、実は、マークアップの変動は考慮されていなかった。このため、先行研究で測られた生産性の変動には、マークアップの変動が含まれていた可能性がある。同様に、マークアップと景気変動の関係を分析した研究では、生産性の変動は考慮されていなかった。このため、これまでの研究で測られたマークアップの変動にも、生産性の変動が含まれていた可能性がある。それぞれの関係に対する関心の高さを踏まえると、生産性とマークアップの変動を同時に考慮した上で景気変動との関係を明らかにすることには、ある程度の意義があると考えられる。

本論文は生産性、マークアップ、規模の経済性と景気変動の関係を見たものである。本論文の新しい点は、生産性、マークアップ、そして規模の経済性の変化を同時に推定する手法を提示している点にある。そして、この手法を日本の企業データ(『企業活動基本調査報告書』の個票データベース)に適用し、次の2つの疑問を明らかにしようと試みた。

1) 産業レベルの生産性、マークアップ、規模の経済性はビジネス・サイクルとどのような関係があるのか?

2) 集計レベルの生産性とビジネス・サイクルの間にどのような関係があるのか?

分析結果のポイント

本論文の主要な結果は次の2点である。

1) マークアップの変化と規模の経済性の変化を考慮した上でも、生産性は産業レベル、集計レベルともに景気変動と正の相関を示している。

2) 一方、生産性の変化を考慮すると、マークアップと規模の経済性は、景気変動と無相関になる。

これらの結果のうち、ここでは1つめを紹介しよう。図は生産性と景気変動の指標をプロットしたものであり、左縦軸は変化率、右縦軸は変化、そして横軸は年を表している。生産性はマークアップと規模の経済性の変動を取り除いたものであり、各産業の推定結果を製造業全体に集計したものである。一方、景気指標として、ここでは日本銀行の『短観』と経済産業省の『鉱工業生産指数(生産指数と出荷指数)』を利用している。図より、生産性と景気変動の間には強い正の相関があることが伺える。生産性とこれらの景気変動の指数の相関係数を測ってみると、0.84~0.88となった。これらの結果は、景気が良いときには生産性が上昇し、景気が悪い時には生産性が下落することを意味している。

インプリケーション

本論文の分析の結果は、景気が落ち込むときには生産性の成長も落ち込むことを明らかにしている。生産性を上昇させる要因として研究開発投資などが重視されていることを踏まえると、本論文の結果には、景気後退期に研究開発投資を控えるという企業行動が反映されているのかもしれない。このような場合、持続的な生産性の成長のためには、企業のイノベーションへの政策的な支援が、特に景気後退期に重要であることが示唆される。ただし、本論文は、市場環境が独占的になると生産性の成長が低下する傾向にあることも確認している。この結果は、特定の企業への資源の集中は、産業全体の生産性成長にマイナスであることを意味している。このため、経済全体の生産性の成長のためには、イノベーションへの支援という企業レベルの視点だけでなく、競争的な環境整備という産業・国レベルの視点も必要だといえる。

図:生産性と景気変動の関係
図:生産性と景気変動の関係
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