ノンテクニカルサマリー

なぜ高生産性企業は高い生産性を維持し続けるのか?―研究開発と輸出の相互作用についての検討―

執筆者 伊藤 恵子 (専修大学)/Sébastien LECHEVALIER (EHESS, Paris)
研究プロジェクト 産業・企業の生産性と日本の経済成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

問題意識と仮説

多くの研究で、同一産業内における企業間の生産性やさまざまなパフォーマンスに大きな差異が存在することが確認されている。もし、低生産性企業のキャッチアップなどが起きていれば企業間の生産性格差は縮小していくと考えられる。しかし、日本に関する先行研究において、生産性格差の縮小は確認されておらず、むしろ格差の拡大がみられる。そして、生産性が上位の企業は常に生産性分布の上位にいる傾向が強く、生産性の序列が固定化している。

本稿では、研究開発(R&D)活動と輸出による学習効果との相互作用に着目し、なぜ生産性の序列がダイナミックに変動しないのか、なぜ低生産性企業が生産性上位に躍り出ることが少ないのか、といった疑問に対する1つの解を提示する。つまり、R&D活動と国際化という2つの戦略の間には補完性があると考える。R&D活動によって技術知識を蓄積し生産性を高めた企業のみが国際化でき、また、海外市場から得た知識を生産性向上に結び付けることができるのは、R&D活動によって技術知識を蓄積している企業である。このため、R&D活動と国際化とを両方行っている企業の生産性の伸びは、その他の企業に比べて格段に大きく、低生産性企業がキャッチアップしようにもなかなか追いつけない、というのが我々の仮説である。

結果のポイント

経済産業省『企業活動基本調査』の企業レベルデータを利用して分析したところ、まず、調査対象企業の約半数はR&D活動(主にR&D支出の有無で分類)を行っているものの、国際化(輸出の有無で分類)もしている企業はそのうちの4割強であり、R&D活動は行っているものの国際化はしていない企業が多数存在した。そして、R&Dと輸出との両方の戦略をとっている企業のパフォーマンスは、R&Dのみ行っている企業、輸出のみ行っている企業、両方とも行っていない企業に比べて格段に高かった。また、生産性成長率で見ても、R&Dと輸出の両方を行っている企業の成長率が格段に高く、両戦略の補完性のため、低生産性企業がなかなかキャッチアップできないという我々の仮説を裏付ける結果となった。

この発見に基づけば、現在、R&D活動と輸出との両方の戦略をとっていない企業が高生産性企業にキャッチアップしていくためには、技術知識の蓄積と輸出市場からの学習とを結び付け、生産性成長率を高めていくことが重要である。そこで、R&Dのみ行っている企業が輸出を開始した場合、輸出のみ行っている企業がR&Dを開始した場合など、いくつかのケースに分けて、新たな戦略が採られる前後のパフォーマンスを比較した。たとえば、もともとR&D活動のみ行っている企業について、輸出開始の確率が近い企業同士をペアにし、実際に輸出を開始した企業と開始しなかった企業とで、その後の生産性成長率に差があるかどうかを検証した。その結果、もともとR&Dをしていた企業のうち、輸出を開始した企業は輸出を開始しなかった企業に比べて生産性成長率が高く、その差は統計的にも有意であった。輸出開始後3年が経過しても、まだ有意に生産性成長率が高く、両グループの生産性格差は拡大していった。つまり、すでにR&D活動によって技術知識を蓄積している企業は、輸出開始により海外市場から新たな知識を獲得し、それを国内の生産・R&D活動にフィードバックすることができる。その結果、高い生産性成長率を実現できるのではないかと考えられる。しかし、もともと輸出のみ行っていた企業について、R&Dを開始した企業と開始しなかった企業との生産性成長率の差をみると、R&D開始2年後、3年後を経ても、その差は統計的に有意ではなかった。この結果は、企業内のR&D活動の開始が生産性の上昇に結び付くまでに、時間がかかることを示唆している。

インプリケーション

本稿の分析結果より、まず、R&Dと国際化という2つの戦略は相互補完的であり、そのことが、同一産業内における企業間生産性格差がなかなか縮まらない要因の1つといえるだろう。また、すでにR&D活動によってある程度の技術知識の蓄積がある企業は、輸出開始によって、海外市場から新たな知識を得、それを生産性上昇に結び付けることができていることが分かった。たとえば、現時点においてある程度の技術知識を蓄積していながらも、何らかの理由によって海外市場とのコンタクトを持っていないような企業を政策的に支援して輸出を推進することにより、これら企業の生産性を向上させることができるのではないだろうか。

表:『企業活動基本調査』にみる日本の製造業企業の姿(投資戦略別企業数)
表:『企業活動基本調査』にみる日本の製造業企業の姿(投資戦略別企業数)