ノンテクニカルサマリー

企業の境界が問題か?:日本企業のオフショアリングによる生産性への影響

執筆者 伊藤 萬里 (研究員)/冨浦 英一 (ファカルティフェロー)/若杉 隆平 (研究主幹)
研究プロジェクト 日本企業の海外アウトソーシングに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

近年、国際的に活発化している海外調達(オフショアリング)がもたらす経済的な影響は、政策決定者の大きな関心事項となっている。この研究では、オフショアリングによる生産性への影響について、調達先が海外子会社の場合と資本関係を持たない他企業の場合とで違いがあるのか否か日本企業のデータを利用して分析している。一般に、オフショアリングは連続的で分断可能な業務の一部をコストの低い外国に委託し、生産された中間物を調達することで最終財を完成させることが想定される。オフショアリングによって、企業は国内においてそれまで投入してきた資源をより高度な技術を要するような他の業務へ振り向け、特化することが可能であり、企業全体の生産性を上昇させる効果が期待される。

下図は、日本の製造業企業について、2000年時点で海外子会社にオフショアリングしている企業(offshore insourcing)、資本関係を持たない海外企業へオフショアリングしている企業(offshore outsourcing)、オフショアリングしていない企業(non-offshoring)の全要素生産性(TFP)を時系列的に比較したものである。2000年以降、オフショアリング実施企業の生産性の伸びは、非実施企業よりも高い傾向が読み取れる。しかし、このような非実施企業と実施企業との間での生産性の単純な比較によって、生産性上昇効果があると結論付けることはできない。オフショアリングするか否かという選択過程において、すでにパフォーマンスが良い企業が実施企業として選抜されている場合、その後のパフォーマンスが非実施企業よりも高いからといって生産性上昇効果があると判断するのは適当ではないためである。このようなオフショアリングによる生産性に対する因果関係を明らかにするためには、もともとパフォーマンスが良い企業がオフショアリングしているのか、オフショアリング実施によってパフォーマンスが改善したのか、分析において両者を識別する必要がある。

本研究では、この問題に対処するためPropensity Score Matchingの手法を採用した。この手法では、非実施企業の中からオフショアリング実施企業と非常に似通った属性を持つ潜在的に実施する可能性のあった企業を見つけ出し、実施企業とその後の生産性を比較することで、オフショアリングの生産性上昇効果の有無を検証する。分析結果は次の2点にまとめられる。
(1)海外子会社へのオフショアリングは企業の全要素生産性を上昇させる。ただし、その効果が現れるにはタイムラグがある。
(2)資本関係を持たない企業に対するオフショアリングは、全要素生産性に対して統計的に有意な効果を持たない。

海外子会社へのオフショアリングの生産性上昇効果にタイムラグが存在する理由としては、企業内部で再配分された資源(労働など)が他の業務において「実践による学習(learning by doing)」を必要とするためと考えられる。資本関係を持たない企業に対するオフショアリングが生産性上昇効果を持たない理由には、海外子会社へのオフショアリングの場合と委託する業務内容に違いがあることが考えられる。今回用いたRIETIの調査によると、海外子会社への場合、最終組み立てが大きなシェアを占めている一方で、資本関係を持たない企業に対する場合は部品生産を委託するケースが相対的に多い。部品生産に比べてより労働集約的な最終組み立て業務を海外子会社へ外注することに成功した企業が、他の業務への特化の利益を生産性の上昇として得ているものと考えられる。この他に、資本関係を持たない外国企業との取引には、契約履行に係る取引コストや言語・文化が異なることなどにより国内業務との調整コストが海外子会社の場合と比べ大きいことが想定される。こうしたコストを最小化していくことで、企業の境界を隔てずにオフショアリングによる生産性の上昇効果が現れる可能性がある。

図:オフショアリング実施企業と非実施企業の全要素生産性の時系列変化
図:オフショアリング実施企業と非実施企業の全要素生産性の時系列変化