ノンテクニカルサマリー

中小企業向けスコアリング貸出:日本の場合

執筆者 蓮見 亮 (日本経済研究センター)/平田 英明 (法政大学 / 日本経済研究センター)
研究プロジェクト 金融・産業ネットワーク研究会および物価・賃金ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

分析の概要

スコアリング貸出はその名のとおり、貸出先(中小企業)の信用力をスコア(点数)化して融資判断に用いる。スコアリング貸出はクイックローンとも呼ばれ、対顧客ではスピード審査が売りとなり、金融機関にとっては審査一件ごとの費用削減と与信審査時間を短縮化できることがメリットとなる。審査の客観性が確保できることもあり、特に新規貸出先の審査に威力を発揮することが期待された。2000年代中頃には銀行貸出の5%程度がスコアリングを使った貸出になっていたと考えられ、たとえば大手銀行がそれまであまり貸出を積極的に行っていなかった地域の中小企業向けにスコアリング貸出を積極化させたとされる。しかし、近年では一部の大手行を中心に、スコアリング貸出の損失が急増したことを背景に、取扱いの停止や消極化の動きがみられる。

一般的には、この損失の主因はスコアリングモデルと呼ばれる信用力のスコア化を行う統計的モデルにあるといわれることが多い。本稿では、この点について検証した。

スコアリング貸出での大きな損失としては、中核ビジネスにスコアリング貸出をおいた新銀行東京のケースがよく知られる。極端なケースではあるが、このケースを例に損失の背景を探ることで、問題の本質が見えてくるだろう。

新銀行東京は一般の金融機関が貸出を躊躇するような中小企業に対する貸出を積極的に行うとしていた。単純化すれば、一般の金融機関が貸出を断った先が「新銀行にとっての潜在的融資先」であったといえる。一般の金融機関は、財務情報や入手しやすい定性情報等に加え、長期取引関係のなかから得られる、経営者の資質や事業の将来性等についての情報(簡単に入手しにくい個別企業の定性情報)などを融資判断に用いている。このような伝統的融資判断は、利用情報がリッチであるため、(審査コストは別として)審査の質ではスコアリングに勝ると考えるのが自然である。それにもかかわらず、新銀行はモデルで高いスコアが出れば貸出可能と判断したことになる。

ただし、その代わりに新銀行は通常の企業向けの貸出に比べると、かなり高い貸出金利を適用していたとされる。この行動をわが国のスコアリングモデルの草分けであるMoody's KMV社のRiskCalcモデルを使って再現してみたところ、貸出金利が高いのであれば、収益性はある程度高いことが確認された(図参照)。それ以外にも、いくつかの検証を行った結果、基本的にモデル自体の精度は決して低くないことがわかった。したがって、一般的に指摘されるモデルの精度の低さを損失の主因とする考え方には、疑問が生じる。

では、一体損失の主因は何であろうか。本稿では数量的な分析から、いわゆる逆選択の問題と企業データの不正確性の問題が同時に発生していた可能性が高いことが明らかとなった。逆選択の問題とは、信用力の低い企業が自社の将来の返済能力が低いことを知りながら借入を申し込んできてしまう問題である。それだけであれば、ある程度はスコアリングを通じてスクリーニングが出来ると考えられるが、それに加え、提出された質の低い財務諸表のみを使って審査をしてしまったという問題があったと考えられる。財務諸表の質の低さは、粉飾の可能性もあるし、単に会計的な知識が不十分故の可能性もある。

政策的意義

わが国の中小企業の大部分は非上場であり、開示義務も監査の必要性もないため、財務諸表の質の問題は常々指摘されている。この問題を解決していかないと、結局、資金返済能力のある優良企業への貸出が適切に実行されない可能性がある。したがって、財務諸表の質的向上を促す政策的手当が必要であろう。

また、近年では信用保証協会によるリスクに応じた弾力的(段階的)保証料率の算定には、中小企業信用リスク情報データベースのスコアが利用されている。基本的には、責任共有制度が導入され、信用保証協会と金融機関とで信用リスクの負担を共有するようになったため、上記のような悪質な企業が簡単に信用保証を使える仕組みにはなっていない。今後もこの仕組みは維持していくべきであろう。

図:新銀行東京のシミュレーション
図:新銀行東京のシミュレーション
注)スコア順に貸出を行った時の利潤水準を示す。縦軸は利潤、横軸は融資申込先数に占める貸出実施企業(製造業・卸売業・建設業)数の割合。太線がスコアリング銀行(貸出金利7%)の利潤曲線、点線は、デフォルト企業が既知な場合のスコアリング銀行(貸出金利7%)の利潤曲線。細線は、デフォルトが既知な場合の伝統的貸出(貸出金利2.7%)銀行の利潤曲線。