ノンテクニカルサマリー

工業再配置政策と生産性によって振り分けられる異質な事業所:日本に関する実証分析

執筆者 大久保 敏弘 (神戸大学経済経営研究所准教授)/冨浦 英一 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 日本企業の海外アウトソーシングに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

我が国においては、国土の均衡ある発展を目指して、テクノポリスをはじめとして様々な工業再配置政策が講じられてきており、その評価は重要である。他方、近年発展を遂げている新経済地理(New Economic Geography)の経済理論モデルにおいては、企業の異質性(firm heterogeneity)と生産性の関係が注目されており、Baldwin and Okubo (2006) Journal of Economic Geographyは、企業立地が集中した中核地域から周辺地域への移転促進を目指す補助金は低生産性企業の移転を通じ国内の生産性格差をかえって拡大させてしまうと理論的に結論付けている。本論文は、工業再配置政策が活発であった1978-90年の工業統計の事業所レベル・データを用いて、この理論仮説の検証を試みたものである。

分析の結果によれば、今回分析対象とした全ての政策(工業再配置補助金、テクノポリス、頭脳立地、地方拠点都市、学園都市、産炭地域)について、政策的に優遇された地域に立地する事業所は統計的に有意に生産性が低いことが明らかになった。テクノポリスと頭脳立地については、事業所特性、業種特性、都道府県を説明変数に加えた単純な回帰分析によれば、指定地域に立地する事業所の生産性が平均的に高い傾向が見られるが、政策の開始以前から生産性が高かったこと、特性の類似した事業所に限定して比較した場合(matching)にはむしろ生産性が低いことなどが見出された。従って、今回の実証分析結果は、これらの工業再配置政策が我が国国内における中核と周辺の間での生産性格差を拡大させた可能性を示唆する理論的仮説と整合的であると結論される。なお、主たる結論は、隣接地域を比較した場合等においても頑健であることが確認された。

企業立地のグローバル化が進んだ1990年代以降は今回の分析対象としていないが、グローバル化により地域を指定する政策の影響はむしろ強まっているとも考えられ、本論文は今日的にも意義を有する。ただ、データの制約により、事業所の分析にとどまり企業レベルの分析につながっていないこと、時間を通じた移転のダイナミクスを追尾できないこと等の限界があることも事実である。また、政策により事業所の移転が促進されたことから雇用機会の増大につながったと見られることは政策として前向きに評価されるべきことであり、今回の結論は工業再配置政策の意義自体を否定するものではない。