ノンテクニカルサマリー

従業員主権的コーポレート・ガバナンスと企業特異的人的資本:企業・従業員マッチングデータによる賃金分析

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

1.コーポレート・ガバナンスと人的資本の補完性

日本の多くの大企業に共通する特徴として、(1)正社員が社内での訓練によって、専らその企業で求められる能力を形成している点と、(2)そうした社員が内部昇進してその企業の経営を実質的に支配している点とが挙げられる。(1)は、企業特異的人的資本形成として、)(2)は、従業員主権的コーポレート・ガバナンスとして、それぞれ、多くの研究が蓄積されている。

しかし、企業特異的人的資本形成と、従業員主権的コーポレート・ガバナンスという、2つの「日本的」な特徴は、個別独立に存在するのではなく、相互補完的、つまりセットで機能しているのではないか、という理論的な仮説が1980年代後半から提示されてきている。

2.補完性のメカニズムと、本研究による実証

企業特異的人的資本とは、その企業でしか使えない専用設備のようなものである。どの企業にも、専用設備は必要であるが、従業員としては、汎用人材になる方が安全である。なぜなら、その企業でしか通用しない企業特異的人材になってしまったら、事後的に会社から処遇を切り下げられても、逃げ道がないからである。

この懸念に対し、従業員主権的コーポレート・ガバナンスは有効な解決となりうる。つまり、会社の経営を、株主のような外部オーナーではなく、内部昇進した従業員に支配させてしまえば、従業員は外部からの事後的な搾取を恐れずに、企業特異的な人的資本投資に応じることができるからである。

今回の分析では、日本の大企業のコーポレート・ガバナンスに関するデータと、その企業の本社管理部門の賃金データなどを組み合わせ、コーポレート・ガバナンスと人的資本の補完性の仮説を検証した。その結果、コーポレート・ガバナンスが従業員主権的な企業において、人的資本が企業特異的な特徴を有していることが確認された。下のグラフは、従業員主権的企業と株主主権的企業の予想される賃金カーブである。従業員主権的企業の賃金カーブからは、企業と従業員の分担負担による企業特異的人的資本投資が行われていることが読みとれる。つまり、企業が訓練費用の一定部分を負担するかわりにその成果を収穫するため、キャリアの前半で賃金カーブがフラットである。一方、企業特異的人的資本を体化した従業員の退職を抑制するため賃金の支払いが後ろ倒しになっていることで、賃金の年功的増加がキャリア後半も続いている。

3.インプリケーション

会社法や金融商品取引法の累次の改正に見られるような、コーポレート・ガバナンス改革の多くは、会社の形そのものを変える可能性がある。特に、従業員主権的コーポレート・ガバナンスの修正は、企業内での人材育成の修正に連動する可能性がある。もし、日本の企業が、企業特異的人材を引き続き必要とするならば、会社のシステムのどこかに、企業特異的人的資本投資を補完するサブシステムを確保する必要があるだろう。

図 従業員主権的企業の賃金カーブ(■)と、株主主権的企業の賃金カーブ(▲)
図 従業員主権的企業の賃金カーブと、株主主権的企業の賃金カーブ
(注)「企業活動基本調査」に基づく推計結果。対象は全産業。