著者からひとこと

グローバル・ニッチトップ企業論

著者による紹介文

日本のものづくりニッチトップ型企業に関するはじめての体系的分析の書

本書は、日本全国に存在し、各地域を代表する企業として活躍する「ニッチトップ型」と呼ばれるものづくり中小企業について、体系的調査に基づき、主に経営戦略の観点から論じたものである。

2012年の7月から8月にかけて独立行政法人経済産業研究所(RIETI)は、「日本のものづくりニッチトップ企業に関するアンケート調査」を実施した。これは、RIETIの「優れた中小企業(Excellent SMEs)の経営戦略と外部環境との相互作用に関する研究」プロジェクトの一環として、RIETIのコンサルティングフェローを務める筆者が企画したものである。その後、解析結果と政策的含意をとりまとめ、2013年3月8日にRIETIのディスカッションペーパーとして公表した。

筆者は、経済産業省の地域政策研究官としてニッチトップ型企業(以下、「NT型企業」という。)の調査研究を着任した2008年から継続している。その背景には、優れたものづくり中小企業をターゲットとした支援策が、産業クラスター計画をはじめ1990年代末以降格段に強化されてきたものの、近年政策遂行上の大きな課題が顕在化していることがある。すなわち、技術開発の補助金等の目的は、イノベーションサイクルの完結、すなわち市場化される製品が生み出されることにある。しかし、製品は開発できても販路が確保できない事例が数多くみられ、課題としてクローズアップされてきている。筆者は、こうした事態を打開する糸口は、実際に市場を開拓し長期にわたり競争優位を確保している企業の成功の秘訣を明らかにすることにあると考え、特に優れたパフォーマンスを示すNT型企業の研究に着手した。

上記のアンケート調査に先立ち、筆者は、日本を代表するNT型企業31社の経営者を対象に詳細なインタビュー調査を実施した。この結果、業種・業態、企業規模、企業年齢等を異にしているものの、特に優れたNT型企業には、驚くほど共通点が多いことを発見した。それは、1)潜在的ユーザーにニーズを持ち込んでもらい、一方で回りの企業や大学からシーズの提供を受け、製品を開発するパターン、2)競争優位を長期にわたり確保するために、他の企業の模倣を防ぎ差別化を追求するパターン、3)高い非価格競争力を背景に自然体で海外市場に浸透するパターン、4)他の中小企業を束ねてイノベーションを生み出す新たな動き(「スーパー新連携」)などにみられる。別の言い方をすると、インタビュー調査を通じ、NT型企業の中で成功している企業には共通点が多く、「グローバル・ニッチトップ企業(以下、「GNT企業」という)」と呼ぶべき特に優れた企業群が存在している可能性が高いことが判明した。

こうしたインタビュー調査の結果を踏まえ、上記のRIETIのアンケート調査では、より広い全国のNT型企業2000社を対象に、統計的分析を通じ、GNT企業という特に優れたNT型企業の存在を明らかにするとともに、GNT企業になりきれていないその他のNT型企業との違いを示すことを目指した。解析により明らかとなる相違からは、GNT候補企業をGNT企業に脱皮させる政策課題も抽出できると期待された。

アンケート調査の項目は多岐にわたり記入負担の大きいものであったが、NT型企業として抽出した送付先2000社の1/3に当たる663社の方から回答を得ることができた。分析の結果、「複数のニッチトップ製品を有し、そのうち少なくとも1つは海外市場でもシェアを確保している企業」として定義したGNT企業が、売上高等の企業規模、利益率等の企業パフォーマンスにおいても、NT型企業の平均を上回っていることが、はじめて具体的数値で確認された。それだけでなく、インタビュー調査でみられた優れたNT型企業に共通する特徴が、アンケート調査により定量的・定性的にGNT企業に細かい点にまであてはまることが確認された。一方、GNT候補企業との差やその背景についても、さまざまな多変量解析の手法を通じ、明らかにすることができた。

本書は、筆者がここ数年取り組んできたNT型企業に関するこうした一連の研究成果をとりまとめたものである。

本書は大きく三部から構成されている。第一部は、事例研究である。すなわち、日本を代表するNT型企業40社(アンケート調査に先立ち2011年に行った31社にその後追加した9社を含む)のインタビュー調査に基づき、こうした優れた企業に共通する特徴を抽出した。40社の事例は、特徴毎にその例証として横断的に紹介される。製品開発パターン、知財・差別化戦略等に分けて第1章から第5章において、体系的に詳述している。

第二部は、アンケート調査の分析結果を紹介している。NT型企業と一般のものづくり中小企業の比較、特に優れたNT型企業とそれ以外のNT型企業の比較をさまざまな統計的な解析手法を用いて行っている。第6章から第8章を通じ、NT型企業の中で成功企業といえるGNT企業の実態とそれに続くNT型企業との差異が明らかにされる。

第三部は、まず、日本独自の発展を遂げたNT型企業の特殊性を明らかにするため、歴史的観点から考察を加えている。その上で、これまでの分析や考察を踏まえ、成功企業であるGNT企業の特筆すべき優れた特徴に注目し、他のNT型企業を成功企業に脱皮させるために必要な支援策等政策的含意について検討している。

本書の第6章から第8章のアンケート調査の分析および第10章の必要とされる政策的対応に関する部分は、2013年3月に公表したRIETIのディスカッションペーパーの内容に基づいている。しかし、今回全面的に見直しを行い、重要な部分を中心に分かりやすく大幅に書き改めた。

一方、第1章から第5章でケーススタディとして詳しく紹介する代表的NT型企業40社の事例は、今回はじめての公表となる。また、事例をイメージしやすいよう、インタビュー先の企業の御協力を得て、関係する多数の写真や概念図を掲載している。文章については、第9章の歴史的考察および終章とともに、全て書き下ろしである。

このように本書は、NT型企業の実態把握、その特徴の分析を通じて、政策的対応までを体系的に論じるものである。また、NT型企業の基礎的なデータは、今回紹介するアンケート調査により、はじめて定量的に把握された。類書はこれまで存在しておらず、我が国初の試みと自負している。

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