著者からひとこと

日本の企業統治-その再設計と競争力の回復に向けて

編著者による紹介文(本書「はしがき」より)

90年代後半から現在までの日本の企業統治の進化がわかる一冊

1990年代後半、日本企業を取り巻くマクロ環境が変化し、また規制緩和・制度改革が急進展したことから,日本企業では、企業統治、事業・組織に関して大規模な改革が展開された。かつて、メインバンク制、株式相互持ち合い、インサイダー(内部昇進者)からなる取締役会、従業員重視の経営によって特徴付けられた日本の企業統治は、1997年の銀行危機を境に急速な変容を示し、その進化の方向と改革の成果は、内外の大きな注目を集めてきた。

本書の課題は、97年の銀行危機から2008年のリーマン・ショックを経て現在に至るまでの日本の企業統治の進化を、包括的に追跡する点にある。

この主題については、2000年に入ってから、筆者も編集に加わったAoki, Jackson and Miyajima eds., Corporate Governance in Japan: Institutional Change and Organizational Diversity(Oxford University Press, 2007)を含め、多くの研究が内外で公刊されてきた。

しかし、これまでの研究の多くは、その実証分析の対象が不良債権問題の深刻化した2000年代初頭までにとどまり、その後の、景気回復期の変化がカバーされていないものであった。また、これまでの研究の関心は、米国型モデルへの収斂か多様性の持続かという点に集中しており、企業統治の変化が企業行動・パフォーマンスに与える影響の分析は手薄だった。さらにそれが分析された場合でも、伝統的日本企業の特徴が、バブルやその後の経済停滞をもたらした経路に、主たる関心が置かれてきた。

それに対し本書では、単に、外部ガバナンスや取締役改革の変化ばかりでなく、企業統治と組織アーキテクチャとの関係、さらに企業統治と企業行動・企業パフォーマンスの関係などについて包括的な分析を試みている。新たなメインバンク関係の可能性、持ち合い復活の実態と外国人投資家増加の機能、バイアウトファンドの経済的役割などについて、本書は新しい見方を提示している。また本書が、企業統治と雇用システムの選択との関係、事業組織のガバナンスの実態とその問題点、上場子会社の経済的機能を解明した点は、独自の貢献といえるだろう。さらに、企業統治が、R&D投資、財務選択、配当・雇用政策に与えた影響を実証的に分析した点においても、本書はこれまでの類書にない広い視野を持つといえよう。

本書では、現代の日本の企業統治が、日本型の関係ベースの仕組みと、米国型の市場ベースの仕組みが結合したバイブリッド型であるという独自の理解を示し、さらにこの制度変化(ハイブリッド化)に伴うコストの側面を新たに強調している。この最後の点は、依然仮説的な見方にとどまるから、今後大方のご批判とご教示を仰ぎたい。

さらに、本書では、可能な限り世界金融危機が企業システムに与える影響についても言及を試みた。2008年秋以降の世界金融危機の進展とともに、1980年以来の金融自由化、グローバル化の進展に対して、やや感情的に「行き過ぎた市場化」であるとの批判が強まっている。本書の実証分析を通じて、「市場化」の影響に関する冷静な視点を提供することができればと願っている。

本書は、宮島をプロジェクトリーダーとする経済産業研究所(RIETI)のコーポレート・ガバナンス研究会の成果である。同研究会は、2002年に青木昌彦元所長の下で組織されて以来、この分野の第一線の研究者、および実務家の参加を得て活動を続けてきた。その主要なテーマは、1990年代後半以降の日本企業における統治構造の改革の実態と、その企業パフォーマンスに対する影響を解明することだった。

このうち2000年初頭までの企業統治構造の変容に関連する分析成果は、既述のAoki et al. eds, Corporate Governance in Japanとして出版された。また、1990年代末から急増したM&Aの決定要因とその経済的役割に関する研究成果は、宮島英昭編著『日本のM&A――企業統治・組織効率・企業価値へのインパクト』(東洋経済新報社、2007年)として出版された。こうした出版物は、幸いにしてこの分野のスタンダードとして広く受け入れられてきた。本書は、これらに続く本研究会の3番目の研究成果である。

本書につながる研究会は2007年から始まった。当初、企業統治に関する問題領域のうち、内部ガバナンス(取締役会・インセンティブシステム)、外部ガバナンス(株主・債権者による規律、M&Aの役割)などの分析は、すでにある程度まで研究が進展しているという認識に立ち、残されている分析課題を特定化することから出発した。このために、本研究チームは、「企業統治分析のフロンティア」に関する月例の研究会を組織し、経済産業省産業組織課の方々の参加を得て、まず、何がアカデミック、並びに政策的に見て検討されるべき課題かを改めて洗い直した。また、並行して、日仏会館、早稲田大学21世紀COEプログラムとの共催の国際コンファランス「組織とパフォーマンス――企業の多様化をいかに理解するか」(2008年11月)、一橋大学、早稲田大学G-COEプログラムとの共催によるBusiness Law and Innovation Conference(2009年10月)を開催し、企業統治分析の内外の最新の成果の摂取に努めた。

2009年度から、上記の「企業統治分析のフロンティア」に関する論点整理を前提に、日本企業の統治構造の進化と今後の展望に関する成果の取りまとめ作業に入った。分析の焦点は、所有構造の長期的進化、状態依存型ガバンナンスの再構築の方向、人的資産の蓄積とインセンティブ両立的な内部ガバナンスの設計、外部ガバナンスと内部ガバナンスの補完・代替関係、企業統治の変化が企業行動に与える影響など、基礎的で、長期的な問題に重点が置かれた。さらに、2008年秋以降の世界金融危機は、我が国の企業統治にも大きなインパクトを与えた。そこで、執筆に際してこの点を意識的に考慮し、可能な限り言及することを各執筆者に求めた。

2010年3月には、第1次原稿を持ち寄ってワークショップを開催し、本書の執筆者の他に伊藤秀史(一橋大学大学院商学研究科)、小幡績(慶應義塾大学大学院経営管理研究科)、大湾秀雄(東京大学社会科学研究所)、井上光太郎(慶應義塾大学大学院経営管理研究科)の各氏の参加を得て、その内容を検討した。また、2011年3月には本書の内容のうち、政策インプリケーションの強い部分を中心に、シンポジウム「日本の企業システムの進化――危機後の企業統治の再設計に向けて」を早稲田大学・G-COEプログラムと共催した。

本書の執筆者は、経済学、経営学、金融論の分野で企業統治に関心を寄せる気鋭の研究者であり、各章はいずれも独自のデータセットの構築や最新の計量モデルによる推計成果に基づいている。各執筆者にはそれぞれの主題に関して実証分析として厳密さを求めながら、近年の日本の企業統治について何が変わり、何が改革されるべきなのかについて、多少の冒険を犯しても答えて頂くようにお願いした。幾度かの改訂要求にも快く応じて頂いた執筆者の方々に心より感謝申し上げる。

もちろん、近年多様な形を取りはじめた事業再組織化の実態は十分に解明されていないし、また新興企業のガバナンス問題や、報酬制度の分析が欠けているといった問題が残されていることは、よく自覚している。また引き出された結論も、企業統治の改革は依然進行中であり、暫定的な性格を持たざるをえないものとなった。利用可能なデータの制約もあって、世界金融危機のインパクトの分析もとうてい十分といえない。

しかし、本書を通じて、日本の企業統治に関して、ある程度まで整理された全体像を描くことができたのではないかと自負している。また本書の分析が、企業統治分析のいっそうの発展の出発点になることを強く願っている。

本研究プロジェクトの実施に当たっては、経済産業研究所の藤田昌久所長、及川耕造前理事長、冨田秀昭研究コーディネーター、並びに松本光さんをはじめとするスタッフの方々から多大な支援を受けた。また、経済産業省産業組織課の方々には研究会に積極的に参加頂き、特に新原浩朗前課長、奈須野太現課長からは企業統治の実態や現場の関心について多くの知見・助言を得た。本書の出版準備の過程では、本プロジェクトのリサーチ・アシスタントである河西卓弥氏の助力を得た。同氏の行き届いた配慮に本書は多くを負っている。

最後に、前著『日本のM&A』に引き続き、東洋経済新報社の佐藤朋保氏に大変お世話になった。同氏の寛大でいつも前向きの助言には大いに勇気づけられた。お世話になった皆様に心より感謝申し上げたい。

2011年5月

宮島 英昭

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